予測はしていたことだった。
己の確かな死を感じた。以前のように、父の体へと戻されたときとは違う、存在と感情の抹消。その後、目を開けたときに見たのは懐かしい面々だった。
「あら、あなたも来たの?」
「グリード、きた」
同じ父から生まれた兄妹達を視界に写し、大げさに口角を上げた。
「ああ、どうやらきてねぇのはプライドだけみたいだな」
辺りを見回してみると、白い世界だけが漠然と存在している。見たことのない風景だったが、どこか懐かしささえ感じた。
ここが天国ならば、彼らにも会えたのだろうかと、ようやくすべてを思い出した頭で考える。
兄妹達はつかの間の休息を得る。最後に戦った者のことを話し、楽しかったことを話した。今の自分達に欲はなかった。生きていたころには身を焼くほどの渇望だったというのに、何もほしくないのだ。
「よお、人造人間から生み出された者達」
現れたのは、ぼんやりと人の形をした白いものだった。彼は両手を広げ、罪を背負った兄妹達を歓迎する。
「……お父様は?」
エンヴィーが尋ねると、白いものはぼんやりと見えている口を三日月型にした。その表情を見ただけで、父が死んだのだと察しがついた。誰も嘆かず、ただその事実を受け止める。
あの人間達と戦った兄妹は、いつかこうなるだろうと思っていた。自分達の心をも騙し、父の勝利を確信していただけだ。何故なら、彼らは父を愛していた。愛に似た依存をしていた。勝つのだと信じるのが当然だったのだ。
グリードを除いた兄妹達は悲しみの気持ちも覚えた。
「さて、問題はお前達だ」
最初の人造人間であった父は真理の扉へと還った。ならば、その父から生まれた兄妹はどこへ還るのだろうか。すでに父とは分離した彼らの意思は、吸収されない限り、そこへ戻ることはない。
「親父殿と同じとこへ行ってやるよ」
グリードが足を一歩踏み出した。
「そうだね」
続いてエンヴィーが、ラスト、ラースと兄妹が続いていく。
「お父様を一人にするわけにはいかないわ」
父が彼らを愛していたのかはわからない。しかし、彼らは愛していた。あの暗い世界に父を一人きりにしたくはなかった。
「……お前、仲間に会いたくないのか?」
白いものがグリードに問いかけた。仲間というのが、エドやリンではなく、その前の仲間達のことを指しているのは明白だった。
一瞬、目を見開いたが、すぐに細めて首を横に振る。
「会えねぇんだろ?」
「ああ」
「意地わりーなぁ」
人造人間は人間でない。魂がない。
賢者の石という魂を拠り所にした肉体と意思が動いているだけだ。魂がない者は死後の世界とやらにはいけない。
長い人生の中、グリード達はそのことについて幾度となく考えていた。死してなお、人造人間は人間になることはないのだ。
「昔の仲間には会えないが、友になら会えるかもしれねぇぜ?」
「はぁ?」
何を言っているのだろうか。
グリードは死んだ。ここにいる者達もすべて、生物としては死んでしまった。その事実が間違っているとは思えない。
「オレを誰だと思ってる?」
父のもとへ行こうと、扉の前に立っていた兄妹達も白いものを見る。
「オレは全、あるいは一。真理であり、そして神でもある」
神にできないことを人間はやってのける。しかし、人間にできぬことを神はすることができる。白いものは高らかに語る。
ただし、代価が必要だと言う。
「何も持ってねぇよ」
口をとがらせてクリードは答えた。
今の彼らには魂すらない。代価となるものなど、存在しているはずがないのだ。
「いや、ある」
断定する口調に、思わず自分の体に触れる。しかし、それは現実のものではないし、触れたところで何かを見つけれたわけでもなかった。
「お前らの欲だよ」
手が差し出された。
「存在意義ともいえるその欲を渡せ。
そしたら体をくれてやる。作り物だけどな」
人間にしてくれるわけではない。人造人間は、生まれ変わっても人造人間でしかない。欲を代価に体とわずかな賢者の石を身に宿すことができるという。
迷わないわけがなかった。再び生きることができるのだ。それは喜ぶべきことだ。だが、またあの長い時間を生きるのは恐ろしくもある。親しい者達が死んでいく姿を目に宿さなければならない。
以前、それに耐えることができたのは欲があったからだ。悲しみにも勝る欲は、すべての恐怖から身を守っていた。
「行きなさい」
ラストが優しい口調で言った。
「私はお父様のところへ行くわ」
一人じゃ寂しいからと続ける。
「あなたは会わなければいけない人がいるんでしょ?」
何もかもを見透かしたような瞳に捕えられる。言い訳を口にする前に次の言葉が飛び出した。
「スロウス、ラース、グラトニー、エンヴィー。あなた達は?」
他の兄妹達へ質問を投げかける。
「面倒……」
「ラストと一緒にいるー」
「私にもう帰る場所はない」
「ボ、ボクだってお父様のとこへ」
それぞれが答えた後、ラストはエンヴィーにだけグリードと共に甦れと言った。理由を尋ねると、それが一番いいのだという。
「グリードも一人じゃ寂しいでしょ」
「えー。オレ、こいつのお守するのぉ」
「いらねぇよ!」
二人はしばらく口論を繰り返した末に、元の世界へ帰ることを決めた。
「よし、じゃあ目をつぶれー」
気の抜けるような声を出す白いものを一度だけ睨んだあと、素直に目を閉じる。白い世界が一転して黒い世界になる。このまま眠ってしまうのではないかと危惧している間に、二人の意識はどこかへ消えた。
END