触れれば傷つけられる。そんな関係を望んだのは誰だったのだろうか。
「お前だよ」
何も言っていないはずなのに、目の前にいる男はすべてを見透かしているかのように言葉を紡ぐ。
「全部お前が望んでる。
オレ様はそんなお前の願いを叶えてやっている」
優しく触れられた場所から電気の筋が光る。
腕が動かなくなる。体はすでに傷だらけだ。言葉を吐くことすらできない。
しかし、クロは拒絶の色を見せない。それどころか、どこか幸せそうな瞳をしているのだ。口元も柔らかく歪んでいる。
「このまま壊れたい?」
まるで悪魔の誘惑だと思い、そのまま笑う。
彼は正真正銘の悪魔だ。
「嫌だね」
クロの望みを簡単に叶えてくれなどしない。
デビルはクロから離れ、赤い瞳を向ける。血のような色がクロをまた傷つける。
「ほら。見ろよ。そして、傷つけよ」
赤い色を見るたびにあの日の光景が目に浮かぶ。
大切な人を傷つけた。一匹だけ生き残った。誰もそれを責めないのだ。いつしかそれが思い十字架となり、クロの自由を奪った。
「泣くのか」
涙がこぼれていたのだろう。デビルはそっと涙をぬぐう。
「このまま、お前の目を壊してやれば満足か?」
口角をあげ、目を細める。
頷いたところで、それが実行されないのは知っている。
「安心しろよ」
この先、何年でもこの行為を続けてやると言う。クロの命が消え、体が朽ち果てるまで、この行為は続けられる。
あまりにも優しい言葉に、クロは静かに目を閉じた。
「……楽しくねぇなぁ」
眠りについたクロの隣に腰をおろし小さく呟いた。
「楽しくねぇよ。おい」
悲しげな瞳だった。先ほどまでの楽しげな雰囲気が嘘のようだ。
デビルは膝をかかえ、ため息をつく。表情は見えないが、泣いているようにも見えた。
「オレ様はお前を傷つけたいわけじゃねぇ」
不本意なことだった。
赤い目をしていることも、悪魔という自分の存在も。それらすべてが彼を傷つけるための理由となる。彼が傷つけられることを望む要因となる。
傷つけたくないと思っていた。これからも傷つけたいと思うことはないだろう。自分らしくないとは思っているが、大切に扱いたいのだ。優しく手を引き、抱きしめて、甘い言葉をささやいてみたかった。それができれば満足だったはずなのに、何故かこのようなことになってしまった。
クロを傷つけるたび、デビルもまた傷ついた。
背負う必要のない十字架を背負ったクロはデビルの傷に気づかない。もしも気づいてしまえば、これらの行為はすべて終わりになるだろう。クロはデビルを必要としなくなるだろう。それがデビルは怖い。
怖いことはしたくない。怖さから逃げるために、デビルは己とクロに傷をつける。
何度も、何度もそれを繰り返す。繰り返し傷つき、体中が傷だらけになってもやめることはない。
「早く死ねばいいのになぁ」
死ねば終わる。
今まで以上の深い悲しみと一緒に、すべて終わるのだ。
「クロ。一回だけ、優しくしていいか?」
返事のないクロに問いかける。
人形のように眠るクロの頬をデビルが優しく撫でる。傷はつかない。
「デビル……?」
薄く目が開いた。
「クロ」
弱々しい声を聞き、クロは微笑む。
「お前、苦しそうだなぁ」
オイラのせいかと問う。
「そうかもしんねぇな」
デビルの返答にクロは声をあげて笑う。
「そうか。わりぃな」
これですべてが終わってしまう。デビルは目を閉じた。
「でも、好きだぜ」
意外な一言にデビルは再び目をあける。
視界に映ったのはクロの笑顔だった。
「オイラ、お前のこと好きだぜ」
すべてが救われる。
これからの行為がどれほど苦しくとも、この一言さえあれば救われるのだ。
END