海は荒れ狂い、空は雷を走らせ、風全てをなぎ払うかのように吹き荒れていた。
 自然は奴の復活を知っていたのだろうか。それとも、奴の邪悪な力が自然を荒らしていたのだろうか。どちらにせよ、奴は復活してしまった。
「あ、あいつらめ〜!」
 小さなカプセルを撃ち破り、現れた姿は可愛らしいコックのお人形さん。ただ、その背には羽が生え、口からは牙が向き出しになっている。
「このデビル様をコケにしやがって……! 出るのにどれだけ苦労したと思っている!」
 クロへのリベンジに失敗し、再び封印されてしまったはずのデビルだが、地道に力を蓄え、今再び復活を果たした。
 海も、空も、風も、すべてがやんだ。
「まぁいい……。オレ様も新たな技を身に付けた。今に見ていろ……」
 まだ懲りずにクロに挑戦しようとしているデビルはもはやしつこいの域に達している。
 クロに挑戦するためには体が必要となる。そして幸いにもここはよく体を使わせてもらっている奴の住み家にほど近い距離。デビルは邪悪な笑みを浮かべてその姿を捜した。
 青く塗装された機械仕掛けの猫。
「いたっ!」
 ターゲットが鼻歌交じりに料理をしているところを発見したデビルは有無を言わさずミーの中にとり憑いた。
「デ、デビル……?! なん……で……」
「うるさい」
 デビルがとり憑いた者は当然抵抗する。力での抵抗ではなく、精神力での抵抗。これを押さえつけることができて始めてデビルはその者の体を自由にできる。
 押さえつけるためにデビルはその者のもっとも辛い記憶をつかう。精神を、ボロボロにするために。
「――――っ!」
 精神が崩れる音がする。抵抗する力もなくしてしまった。
「……ま、どうせすぐに忘れるか」
 精神を壊されたとしても、デビルがその者の体から出て行けばそれはなかったことになる。
 今までならばミーの体を乗っ取っとた後、すぐにクロの元へ向かうのだが、デビルは新しい技を試してみることにする。
 ゆっくりとミーの体から離れる。それと同時にミーの精神が再び目覚め始める。
「な……にを……?」
「まぁ見てろよ」
 まだ抵抗する力までは戻っていないミーは自分の体から何かが離れていくのを感じることしかできない。
 まるで自分の体が餅でできているような。さらに自分の一部が伸ばされ、引き剥がされていくような、奇妙な感覚。
「よっと」
 デビルの軽い言葉を聞いたと思ったと同時に、ミーの視界が開けた。
「…………え」
 ミーの目の前には自分がいた。いや、自分ではない。目の前の者には瞳がある。口がある。羽がある。
「どうだ? オレ様の新しい力」
 目の前の者の声にミーは驚いた。予想はしていたものの、実際そうだったとわかれば衝撃が走る。
「デ、ビル……」
 ただ、目の前の者の名前を呼ぶことしかできずにいるミーを見て、デビルは満足そうに笑う。
「じゃ、行くとするか」
 言うと同時にデビルは空へ舞い上がり、飛んで行ってしまった。
「………………」
 呆然と立ち尽くしていたミーだが、すぐにクロのことを思い出した。
 確実にデビルはクロを狙いに行く。今は自分の姿だが、もしもデビルがクロの姿をコピーしてしまったら……。考えるだけでも気が重くなるのでミーは考えるのをやめた。
 今するべきことはクロの元へ行くことだ。



 ミーが大変な目にあっていたころ、クロはのんきに縁側で昼寝をしようとしていた。
「さっきまでの天気が嘘みてぇだよな〜」
 少し濡れていた縁側を拭いてその場に寝転ぶ。空は青く晴れていた。
 探せば虹が見つかりそうな天気だが、クロは虹を探すよりも昼寝を優先した。
「やあクロ」
 うとうとし始めたクロの耳に見知った声が届いた。
「…………んだよミー君」
 片目を開けて声の主を見る。よく知っている姿のはずなのだが、どこか違和感がある。
「別にー?」
 話し方も、雰囲気もどこか違う。
 クロはこんなミー君を知っている。
「…………デビル、か」
 クロはゆっくりと立ち上がってデビルを見据えた。
 一度ならず二度までも自分に喧嘩を売ってきた相手。しかも、そのどちらも苦戦を強いられた相手を忘れるはずがない。
「さっすがクロ。見かけには騙されないねぇ」
 ミーの姿のデビルは羽をはやし、口を見せて笑った。
 いつ襲ってくるかわからないデビルにクロは剣を向けた。デビルは抜けているが、油断ならない奴だとクロは知っている。
「今回は戦いに来たわけじゃない。だから、その剣をしまえよ」
 一歩ずつ、ゆっくりデビルはクロに近づいてくる。できることならばデビルが前進してくるたびに後退したいクロだったが、あいにく後ろは障子で下がることはできない。
 飛びかかってこようものならば、家ごとでも叩き切ってやろうと思っていたが、デビルはゆっくり歩いて近づいてくるだけ。
「なぁ?」
 いつの間にか、これ以上近づくことができないくらいクロに近づいたデビルはクロの手にそっと自分の手を置いた。
 その手は予想以上に優しく、クロを驚かせた。
「言っただろ? 戦いにきたわけじゃない」
 デビルは笑う。嗤うのではなく、優しく笑う。
「…………じゃあ、なんだよ」
 ミーとほぼ同じ姿で優しく微笑まれて、クロはほんの少しだけ、ドキッとした。ミーの見た目がいいことはクロも認めている。
「今回は――」
 デビルが口を開く。
「待てぇぇぇぇぇぇ!」
 デビルが次の言葉を発する前にもう一つの声が響いた。
「え……?」
 響いた声は目の前のデビルと同じ声。驚いて声の方を見ると、そこにはミーの姿があった。
 目の前にいるデビルは確かにミーの姿をしている。
 デビルが他人の姿をコピーできるようになったと知らないクロは混乱するばかり。目の前のデビルと、フジ井家にたどりついたミーを交互に見る。
「ちっ。いいところだったのに」
「させるか!」
 舌打ちをするデビルにむかってミーが剣を振り下ろすが、デビルはそれをあっさりかわし、剣はクロの目の前に落ちる。
「うぉっ!」
 一歩後ずさりして、戦っている二匹にクロは目を向けた。どうみてもミーが二匹いるように見える。
「クロ! デビルは他人の姿をコピーできるようになったんだ! だからきっと、お前の姿をコピーする気なんだ!」
 デビルの攻撃を防ぎつつ、ミーは状況を説明した。
 ミーの説明にクロは納得する。これで先ほどの状況にも納得がいく。つまりは、自分を油断させるためにあんな風に触れて、笑ったのだ。真実がわかると、途端に怒りが込み上げてくる。
 クロは剣を握りしめ、デビルを真っ二つにしてやろうと剣を振り上げた。
「ま、まて! 違う! そんなこと考えてない!!」
 振り上げられた剣と、クロの形相を見てデビルは冷汗を流した。
「誰が騙されるか」
 当然、デビルの言葉を信じるクロではないので、ためらいもなく剣を降ろす。
「――――っ」
 デビルは避けなかった。だが、直撃をくらうこともなかった。デビルはクロに抱きついたのだ。抱きつく途中、剣がわずかに腕をかすったが、大きな怪我ではない。
「何しやがる!」
 デビルに押し倒される形になってしまったクロは不満を全開にするが、デビルは答えない。
「クロっ!」
 ミーが加勢に入ろうとするが、デビルがガトリングを撃ってきたので近づくことができない。
「…………聞け」
 静かにデビルが言った。
「………………なんだよ」
 とりあえず、デビルの言葉を聞けば、この状態からは脱出できるかもしれないと思い、クロは素直に聞くことにした。
「今回は戦いにきたわけじゃない」
「それは聞いた」
「今回は…………伝えにきた」
 ゆっくり、言葉を紡ぐ。
 歯切れが悪いデビルにクロがイライラし始めた。ミーも空気を読んでじっとしているが、できることならば、今すぐにでも真っ二つにしてやりたい。
「…………オレは、お前が」
 嫌い? 憎い? どんな言葉でも受ける覚悟はできていた。
「好きだ」
 どんな言葉でも。受ける覚悟はできていたはずだった。
「…………あ? え? は?」
 クロは目を白黒させ、ミーは剣を落とした。
「おい、聞いてるのか?」
「…………お、おう」
 相変わらず、クロの上に馬乗りになっているデビルをクロは直視できない。『嫌い』だとか『憎い』だとかいう感情にはなれているが、『好き』だとかいう感情にはなれていない。
「…………」
 どうすればいいのだろうかと、考えているクロをデビルは楽しそうに眺める。好きな子ほど虐めたいという性格なのだろう。
 ずっと、そんな時間が続いていれば、デビルにとっては幸せだっただろう。だが、それを邪魔する者がこの場にはいた。
 ミーは黙ってデビルに近づき、黙ってデビルを殴り飛ばした。
「死ね」
 殴り飛ばされたデビルに向けてミーが放った冷たい一言。
「……なんだ。お前もあいつに惚れてるくちか」
 何かを悟ったデビルはミーの思いをずばり言い当てる。顔を真っ赤にしていて、デビルの言葉が図星だとわかる。
 いきなりの急展開についていけないクロは上半身を持ち上げた上体で固まっている。
「うるさい。うるさい!」
 図星を指されたミーは剣を拾いに行き、剣を振るった。
「オレはライバルには容赦ないぜ?!」
 デビルもビームソードを片手にミーと渡りあう。
 もう面倒なので、放っておいてもいいだろうかとクロが思い始めたとき、二匹はあることに気づいた。
「そうだ、これはボク達だけの問題じゃない」
「だな。おい、クロ」
「へ?」
 何故こちらに火の粉が飛んできたのかわからないクロだが、いい予感はしない。
「お前はどっちが好きだ」
「答えろ」
 後ろは壁。目の前には二匹。進むことも戻ることもできないクロは目を逸らす。
「早く」
「早く!」
「〜〜〜〜〜っ」
 鼻と鼻がくっつきそうなほど距離をつめてくる二匹にクロは多少の恐怖を覚えた。
「貴様ら何をしてるのだ?」
 このまま時間が過ぎていくと思われたその時、クロにとっては救世主。ミー達にとっては邪魔者が現れた。
「マ、マタタビ!」
 二匹の視線がマタタビに向いている隙に、クロは二匹を突き飛ばしてマタタビの方へ走った。
 マタタビの方へ走っていくクロを見て、変なところで鋭いデビルは気づいた。
「……そういう、ことかよ…………」
 デビルは眉間に皺をよせ、マタタビにずかずかと近づく。
「なんだ?!」
 こちらに向かって歩いてくるデビルにマタタビは警戒したが、デビルは絶妙なタイミングで姿を変え、マタタビの目を誤魔化した。
「ぐっ!」
 一瞬の隙があれば体を乗っ取ることはできる。
「マタタビ君?!」
「マタタビィ!」
 焦ったクロの声が聞こえる。マタタビの方へ逃げるんじゃなかったという後悔の念が見え隠れしている。どうやら自分の想像は間違いではなかったとデビルは確信する。
 体を乗っ取るための作業をおこなえば、後は姿をコピーするだけ。
 ゆっくりとデビルがマタタビの体から出ていく。その瞬間の光景はなんともいえぬ奇妙なもの。まるで脱皮の瞬間のようだった。
「これでいいのか? クロ。…………いや、キッドと呼んだほうがいいのか?」
 マタタビの姿をコピーしたデビルはクロに笑いかける。
 普段のマタタビではありえないくらい優しい笑みに、クロはクラリときそうになったが、デビルの言葉が癪に触った。
「……オイラをその名前で呼んでいいのはマタタビだけだ」
「そうかよ。ならいつも通りクロって呼ぶさ」
 デビルは微笑みながらクロに近づく。
「貴様、キッドに近づくな」
 デビルの背後から現れたマタタビがブーメランをデビルの首筋にあてる。声は真剣そのもので、狂言でないということが容易くわかる。
「ちっ。なんだよ。相思相愛ってやつかぁ?」
「なっ?!」
 ニタリとからかうように笑ってデビルが言う。
 普通に抵抗されたとしてもマタタビはデビルを離さなかっただろう。だが、マタタビは好いた惚れたなどと言われるとひどく動揺する。動揺すれば当然隙をうむ。
 結果的に、マタタビはデビルを離してしまった。
「しまった!」
「クロ!」
 素早くクロとの間合いをつめたデビルを見て二匹が叫ぶ。
「クロ。愛してる。誰よりもだ」
 中身がデビルだとわかっている。だが、見た目はマタタビと瓜二つ。クロは顔を真っ赤にした。ドキッどころではない。心臓はもう破裂寸前にまでおいこまれている。
「……お、オイラは、嫌いだ」
 何とか言葉を紡ぐ。
「……そうか。なら、今は諦めといてやる。だが、絶対に惚れさせてやるよ」
「…………やってみろ」
 クロとデビルはお互い目線をあわせる。
「……じゃ、これは前借りってことで」
 デビルは油断しきっていたクロの口に軽くキスをした。
「――――っ?!」
 自分が何をされているか気づくと同時に、クロはデビルを突き飛ばした。
「クックック。そのうちまた来てやるよ」
 クロに突き飛ばされたデビルは姿をミーの姿に変え、何処かへ消えて行った。
「もうくんな!!!」
 そう叫ぶクロの顔はまだ赤かった。


END