人に頼られることは面倒だ。
他人の分の責任まで背負わなければならないときもあるし、自分のことではないので、相手を納得させる術がなかなか見つからない。
「んだよー」
百の言葉を用いても足りぬほどの面倒さだというのに、断ることができない。これを人はお人よしという。
クロ自身にもその自覚はあった。困っているのを見ても助けはしない。むしろそれを笑いながら見るだろう。しかし、一度頼られてしまえば、無下にすることはできない。選択肢はいつも一つしかないのだ。
騒動に首を突っ込むのが好きだという野次馬的性格も理由の一つだろう。だが、頼みを断れない一番の原因をクロは知っている。
「困ってる奴がいるなら助けてやれよ」
この言葉を最後に聞いたのはいつだったのだろうか。ずいぶん昔であることは確かだ。
灰色の猫と、虎猫がクロに言った言葉。
どれだけ時が経とうとも、薄れることがないほど刻みこまれている。同じ屋根の下に、言葉を言った本人がいればなおさらのことだ。
「今日も厄介事に首突っ込んできたのか?」
「……誰のせいだと思ってんだよ」
「あ?」
小さくぼやいたつもりだったが、マタタビの耳には届いていたらしい。
耳のいい奴だと舌打ちし、なんでもないと無愛想に言う。
「適当に流すな。気になるではないか」
こうなったマタタビはしつこい。
元々おせっかいなのだ。自分のおせっかいな部分は、間違いなくマタタビの影響を色濃く受けている。
「うっせー」
「キッド。生意気なことを言うと――」
背後から迫る気配に気づき、振り向くとそこには今、まさに飛びかかってきているマタタビの姿があった。
「うおっ!?」
お互い小さな体とはいえ、派手に腰をぶつけたため家に衝撃が響く。幸いなことに、この家の主たちはかなり鈍いので、気にすることはないだろうが、音の元となった自覚のある二匹は一瞬、騒ぐのをやめる。
しばらくしても、何の反応もないことを確認してから再び騒ぎ始める。
「何すんだよ!」
「お主がさっさと吐かんからだ」
睨みつけるクロとは反対に、マタタビの瞳には心配の色が浮かんでいる。
クロは少しだけ気づいてしまった。
本当に、自分たちは何一つ変わらない。
まだ野良をやっていた時代、クロはシマの英雄だった。けれど、体や視力が弱く、自然の中で生きていくには圧倒的な弱者だった。大人達はクロを大切にしたが、子供達はそうではなかった。
心無い言葉を言われたこともある。
自分の中にそれらの言葉を秘めたクロに、マタタビはいつも言っていた。
「オレに話せ。オレはお前の兄貴なんだからな」
思いを吐き出せば、マタタビが復讐をしてくれた。いつからか、自分でやりかえすだけの力がついたが、それでもマタタビはいつも心配そうに尋ねてきていた。
「……本当に、何でもねーよ。
ちょっと疲れたくらいだ」
目を見てそう告げると、納得したのか瞳から心配の色は消えた。
「まったく、サイボーグとやらになったわりには、体力がないな」
「うるせぇんだよ」
軽口を叩き合う。
「困ってる奴がいるなら助けてやれよ」
いつもいつも言われていた言葉を、今のマタタビが言う。
「気が向いたらな」
「お主は素直でないからな」
クロの性格をよく知っているマタタビは笑う。本当に困っている者が目の前にいれば、クロは必ず助ける。そこに損得の感情はなく、ただ助けたいから助ける。
「助けてやっていれば、お主に何かあったとき、助けてやった奴らが助けてくれる」
諭すように言ってきたマタタビに、損得で人を助けるのかと尋ねれば、兄貴だからなと返ってくる。
「拙者がいなくなっても、誰かが助けてくれると思うと安心する」
目を細めて笑うその姿は、いつものマタタビではなく、兄貴のそれだった。
結局のところ、二匹は何も変わっていない。
クロは弟でマタタビが兄。お互い体はすっかりおかしくなってしまったけれど、根本的な部分は変わらない。
「いつまでもガキじゃねーぞ」
「ガキはそう言うんだ」
弟でいるのも悪くない。マタタビが兄のときに限るが。
END