同じ歩幅。同じ速さ。同じテンポで二匹のネコが歩く。
 天気は快晴。出かけるには丁度いい天気だ。
 どちらから言い出したのかはわからない。ただ、二匹とも目をあわせただけで言いたいことがわかった。いつもの縁側を離れ、二匹は歩いた。
 どこへ向かっているのかとはどちらも言わなかった。
 言葉を交わすことなく、二匹はただ歩く。右へ、左へと何度も曲がる。そして前へ進む。二匹は確かに自分達だけの空間を作り上げていた。会話もなにもないが、わかりあっているという事実が作り出す無条件の安息の場所。
 騒がしい事件も、賑やかな仲間達も、すべてどこか遠くへ置いて、二匹は自分達だけの空間につかる。
 たどりついたのは、人っ子一人見当たらないような廃墟。二匹の思い出の場所ではないが、そこによく似た雰囲気のある場所だった。
 人の作り出した音は何も聞こえず、風や虫の音だけが聞こえる。
 クロはマタタビを見た。
 マタタビもクロを見る。
 言葉は交わさない。この空気を壊す者は、例え自分達の声でもあってはならない。
 そっと目を閉じれば、優しい声が聞こえてくるような気がした。耳を塞げば、優しいネコ達が見えるような気がした。
 クロが微笑みながらマタタビの方を見ると、マタタビもクロを見ていた。目を見ただけで、自分達の気持ちは一つだったとわかる。今のことの時、この静けさが心地よく、幸せなのだと。
 廃墟の中へ入ると、陽射しは受けなくなり、心地よい風が二匹の体を冷やす。少し肌寒くて、二匹は幼いころのように体を寄せ合う。クロの体にはもう体温がなかったが、心が満たされていくのがはっきりと感じ取れた。
 二匹の静かな寝息が自然の音の中に入り、新たな世界を創りだす。
 聞こえていた虫の音が、別の虫のものへと変化し、太陽が橙色に変わり始めたころ、二匹は目を覚ました。ぼんやりとした目でお互いを確認して、無防備に微笑む。
 背伸びをして、廃墟から出る。
 空を見上げれば、遠くの方はすでに暗くなり始めている。よく眠ったということを再認識し、二匹はまた笑う。これでは夜になっても眠れないかもしれない。いや、本来ネコは夜行性なのだから、それが正しいのだが。
 二匹は帰り道を歩き始めた。
 会話も何もない。きたときと違うのは、道の明るさと歩む人々の姿。
 今日が終わっていく。空が暗くなっていく。無条件の空間の終わりが迫る。二匹はそれを惜しむ様子も見せず、ただただ歩く。
「あ、クロ」
 明かりが灯った電柱の下で、ミーが買い物袋を持って立っていた。
「よぉ。買いもんか?」
 いつも通りの笑顔でクロは言う。二匹だけの空間は終わりを告げたのだ。
「うん。クロ達はどこに行ってたの?」
 けれども、空間の終わりを惜しむことはない。
「ちょっと……な」
 意味あり気な口調に、ミーは深入りしてほしくないのだろうと思い、そっかと一言だけ言った。
「美味そうだな」
 ミーの持つ買い物袋を覗きこみながらマタタビは言った。その頭をクロが思いっきりはたく。
 突然の衝撃に、マタタビはクロを睨みつける。
 そして始まるのはいつもと同じ喧嘩。二匹の喧嘩をミーが必死に止める。

 安息の場所が終わる。
 けれども、安息の場所はそこだけではない。
 いつもの仲間といる。
 それも、安息の場所に変わりはない。


END