今現在、フジ井家にやってきてクロと遊んでいるのはデビルだ。
以前からミーやコタローといった面々がやってきては騒いでいたが、デビルの煩わしさはそれらの比ではない。
隣でわめき、ときに暴れる。辟易とした表情をしているクロに、マタタビは追い打ちをかけるかのごとくお前の客人なのだからなんとかしろと言ってのける。単純な話だが、マタタビも面倒なだけなのだ。すべてをクロに押し付け、自分は畳の匂いに喉を鳴らしている。
「なあ、遊ぼうぜ」
こんな人物を以前見たような気がした。
それを放置していると、とんでもない目にあったような気もする。
「……はあ」
あの電柱は今頃どうしているのだろうか。少しばかり現実逃避をしてみると、デビルが足元で駄々をこねはじめていた。
サイボーグであるクロよりもずっと不死身で、まともに戦い続ければ勝つことは難しいだろう。今まで勝つことができたのは、ひとえにデビルの馬鹿さ加減のおかげだ。
「何するよー。おにごっこ? かくれんぼ? オセロ? 将棋?」
「おめーも暇だな」
「暇だよ」
ミーのように誰かの面倒をみるでもなく、剛やコタローのように研究をしているわけでもない。
デビルはあるいみクロ達に近い立場にいた。
「だから遊ぼうぜ」
上げられた口角に鳥肌が立つ。
元々まともな奴ではないのだ。人畜有害で、他者をゴミのように思っているような奴だ。
「……わかったよ」
「決まりだな」
いくつもの遊びを上げてはみたが、結局のところこの二人がする遊びなんてたった一つしかない。
二人ともそのことをよくわかっていた。
デビルは羽を広げ、大空に舞い、クロは剣を抜きデビルを追いかける。後ろのほうでマタタビが夕飯までには帰ってこいと叫んでいるのが聞こえた。
弾丸を放ち、剣を交える。
始めは渋々といった風だったクロだが、遊んでいるうちにオイルが沸き立つ。頭が熱くなり、体の動きがよくなる。周りを気づかいながらも、見えているのはデビルだけだ。射抜くようなその瞳にデビルは体を震わす。
これほど楽しいことはなかった。怠惰に生きるというのも悪くないが、やはり刺激が欲しい。刺激がなければ生きていけないと実感する。
「これで……終わりだ!」
そう叫んだとき、太陽はすでに沈み始めていた。赤い夕陽を背に、クロはデビルへと弾丸を撃ち込む。
「うおっ!」
羽が打ち抜かれ、デビルはなす術もなく地上へと落ちていく。だが、クロも無闇に打ち抜いたわけではない。デビルが落ちていく先には大きな木が植わっている。小さな体は枝に受け止められ、地面に直撃することはなかった。
途中の枝に引っかかったデビルがゆっくりと地面に降りる。
「オイラの勝ちだな」
「ああ、オレ様の負けだ」
二人は笑う。楽しい時間だった。
始めて出会ったときからは想像もつかない光景だ。
「オイラは帰るけどどうするんだ」
クロが尋ねると、デビルは首をならしながら空を仰ぐ。太陽と反対側の空はもう暗い。しばらく空を見たままデビルは動かなかった。
「ま、テキトーにするさ」
羽を広げ、空を飛ぼうとするが、打ち抜かれていたことを思い出す。これでは空を飛ぶことができない。クロはデビルがどこからきて、どこへ帰るのか知らない。だが、あの羽では帰ることも難しいだろう。
「クロちゃん泊めてくれよー」
「やだね。自業自得だ」
「えー」
さっさと歩いて行ってしまおうとするクロをデビルが追いかける。
クロはデビルのことをよく知らない。けれど、デビルはクロのことをよく知っていた。帰る家も、何だかんだといいつつ家に招いてくれることも知っていた。
「キッド」
小さく呟くのはクロが昔呼ばれていた名前だ。今となっては呼ぶのは一人しかいない。だからこそデビルは呟いた。たった一人だなんて許せなかった。
「いいことを教えてやろう」
聞こえぬように小さく、小さく呟く。
「優しさは自身の首を絞めるぞ」
心が広い彼はデビルを招くだろう。そうして、ゆっくりと懐柔されていく。真綿か首を絞めるように、優しく締め上げていく。気がついたときにはもう戻れない。
END