何年も会っていなかった。
人間からしてみれば、大した時間ではないかもしれないが、猫にとっての数年は長い。
その間、常に焦がれていた。憎しみと、怒りの狭間で愛が熱を持ち始めていた。
「どちらさん?」
姿を見たとき、昔とはずいぶんと風貌が変わっていたが、他の誰かと間違うことはなかった。
元気だったのか。まずそう思った。次に何故忘れたのかと思った。だが、何よりも愛が大きく燃えた。内にこもっていた熱が一気に爆発するのをマタタビは感じたのだ。
「キッド」
ミー達が帰った後、マタタビは身の内に宿る感情を抑えることはできなくなっていた。
「愛しているぞ」
「……は?」
シチュエーションも脈絡も何もなく告げられた言葉に、クロはひたすら目を白黒させる。
「拙者はお主が好きだ」
言葉が耳に届くと同時に、クロはマタタビに抱きしめられた。
暖かい体温は懐かしいものであり、自然と気持ちがやすらぐ。しかし、今は落ち着いていられる場合でないのも確かだ。
「ど、どーいうことだよ」
マタタビを押しのけ、尋ねてみるとマタタビは不思議そうに首をかしげた。
「言葉のままだ。
拙者はお主が好きだ。愛している。
兄弟としてではなく、家族としてでもなく、一匹の猫として、恋愛対象として」
昔からマタタビは真っ直ぐな言葉を使うオス猫だった。
クロは機械の体が熱を持ち始めるのを感じる。ここまで真っ直ぐ好意を示されて、冷静になれる者は血が流れていないに違いないと思い、自分にはほとんど血が流れていなかったことを思い出す。それほどクロは混乱していた。
愛を語るマタタビなど想像もできない。今、目の前で語られているというのに、想像できないのだ。
キッドとしてのクロが知るマタタビは、真っ直ぐではあるが、恋愛といったものに無関心なオス猫でもあった。メス猫よりもまたたびをとるような猫である。
「もう我慢ならん。
お主がどう思っているかはいつか聞かせてくれ。ただ、今は拙者の言葉を聞いて欲しい」
紡がれるのは焦がれきった想いの数々。
何の裏もない、純粋すぎるほどの好意にクロは頭がふやけたようになる。
幼いとき、群れから離れたあのときから、これほどの好意を向けられたことはあるだろうか。拾ってくれたあの恩人達よりもずっと厚く、濃い好意だ。世界が好意であふれているようだ。
「機械の体になったとしても、拙者の想いは変わらんぞ。
この右目が新たになろうとも、残った左目が失われようとも」
押しつぶされてしまいそうなほどの重みを持った想いは、クロの心をじりじりと焼いていく。
燃やしつくされてしまうのか。押しつぶされてしまうのか。それとも、すべてを鎮火させてしまうのか。
「……お前は、本当に、馬鹿だよな」
悪い気はしなかった。
ずっと罪悪感を持っていた。おそらくこれからも宝物のように、大切に持ち続けるだろう。けれど、罪悪感から好意を受け取るのではない。クロもまた純粋にマタタビが好きだった。
兄としていてくれた時間も、友としていてくれた時間も、離れている間の時間も、すべて愛していた。これがマタタビの持つ感情と同じものであるか、クロにはわからない。何せ今まで好きになったメスというのはことごとく犬なのだ。
同じ種族である猫に対する恋愛感情が、オス猫に対する想いが一致しているかはわからない。
きっと一生わからないのだろう。
「ま、これからはずっと一緒だな」
何故なら、この先マタタビ以外の者を愛することなどないのだから。
愛させてなどもらえないのだから。
「ああ。ずっと、一緒だ」
周りが見えなくなるほどの想いを向けられて、どうして他を愛することができるのだろうか。
クロの心の隅にいた焦がれが火をともし始める。
お互いがいなかった時間は同じなのだ。火がつき、燃え上がる想い。そして今、火がつき始めたばかりの想い。いずれこの二つは混ざり合い、大きな炎となって互いを焼き尽くすのだろう。
END