とある昼下がり、マタタビは屋根で昼寝をしていた。
暖かい小春日和で、クロも縁側で昼寝をしている。ふと目が覚めたので、クロの寝顔でも見て笑ってやろうと下に降りた。
「おい……あんまり乱暴にすんなよ」
「ごめん。おかしいなぁ……」
聞こえてきたのは二つの声だった。
一つは昼寝をしているとばかり思っていたクロの声で、もう一つは知人のミーの声だ。気まずさを感じるような間柄ではなかったが、何故かマタタビは二匹を見ることができない。
角に背をつけ、二つの声に耳を澄ませる。
「あっ……ちょっ」
「え、どうしたの?」
「い、わせんな……ば、か」
「言ってくれないとわかんないよ」
「――っはぁ。お前、わざと、だろ!」
「違うよー」
「っあ」
「ほら、早く言わないと……。
ここ、大変なことになってるよ?」
「やっめ……」
「ね、早く言って?」
「っちくしょ……」
「うん?」
「もっと、おく、だ」
「よくできました。じゃあ、いくよ?」
「ちょっ、まっ……!」
「待たない」
「あぁっ――」
何が起こっているのか、理解できない。
妙な声と会話だと脳は処理する。
「みーくん、は……はやく……」
「はいはい。大丈夫だから」
「きも、ちわりぃ」
「あと少しで終わるからね」
この場にいてはいけない。本能が警鐘を鳴らした。
マタタビは音を立てずに、そっとその場を立ち去る。
心臓が激しく脈打ち、痛さまで感じた。深呼吸をし、冷静になれと呟く。先ほどの事態をゆっくりと整理していく。
声の主はクロとミー。間違えようがない。
会話、とはいえぬ言葉の投げかけあい。
やはり、何も整理しないほうがいいのかもしれない。
「……しばらく散歩してから帰るか」
野暮なことを言うつもりはない。だが、時と場所くらいはわきまえて欲しいところだ。
幼いころのクロを思い描く。あのころは自分の後ろをついてくる可愛い奴だった。いつの間にか大きくなり、一人前のことまでしている。
何故か、娘を嫁に出す父親の気持ちがわかってしまった。
「終わったか?」
「まあね」
二人は向かい合う。
「あんな奥のほうになると、オイラ自身じゃメンテできねーんだよな」
「剛君にしてもらえばいいのに」
「冗談だろ?」
洗濯したばかりのきぐるみを着て、クロは腕を回す。
「ま、サンキュな」
「いえいえ」
ミーも久々にした細かい作業に疲れたのか、腕を伸ばす。
「次にやるときは、どの辺りの具合が悪いか言ってよね」
「お前絶対わかってて聞いてきただろ」
「そんなことないって」
楽しそうな調子を含んだ声に、何を言っても無駄だと諦める。
「そーいや、マタタビの奴いつまで昼寝してんだ?」
もう日が暮れ始め、肌寒くなってきている。いくら毛皮があるとはいえ、生身の体には辛いものがあるだろう。
「マタタビ君? いないじゃない」
「っかしーな。屋根で昼寝してんだと思ってたんだけどな」
クロは頭をかいて首をかしげる。
二匹の頭には、自分達があらぬ疑いをかけられているなどとは微塵もない。
END