「まーた壊したのか」
「いや……すみません」
クロとの遊びに夢中になるあまり、部屋の中からでも大空を仰げる空間となってしまった小屋を見る。
ミーは反省して様子を見せているが、クロは隣にあるゴミの山でくつろいでいる。
「キッド! てめぇも反省しやがれ」
「オイラがやったんじゃないもーん。
壊したのはミー君だもーん」
二人の喧嘩が始まれば、小屋がさらに悲惨な目にあうのは目に見えている。剛とコタローはどうにかマタタビを抑え、先に小屋を修理してくれるように頼みこんだ。元々人に頼られると弱いマタタビは舌打ちをしながらも、二人の頼みを聞いてくれた。
「ありがとう!」
「ちと時間がかかるぞ」
「じゃあ外で研究しますか」
「そうじゃな」
研究途中であった機械を外に出し、再びそれを作り始める。
辺りにはトンカチの音と、機械の音が混ざり合う。さすがのクロもその騒音には昼寝どころではないらしい。体を持ち上げ、剛の研究品を見に行く。
自分が機械仕掛けの体になったおかげで、その辺りにいる人間よりも機械には詳しい。けれど、剛やコタローが何を作っているのかまではわからない。第一、この技術をどうしてもっと有効活用できないのかもわからない。
「わしの理論が完璧ならばこれで――!」
「お、完成したのか?」
これみよがしに設置されていた赤いボタンを押す。
「あー!」
二人の叫び声を聞き、機械から発せられる光を見た。
どうせろくなものではないだろうと口角を上げる。
光が消えたとき、クロは思わず後ずさった。
「……ここはどこだ?」
「何だ、これ」
問いかけの声と、震える声は同時に発せられた。
剛とコタローの耳には、問いかけの声は届かない。それは人の言葉ではなかった。どこかでトンカチが落ちる音がした。
「今回の発明はね、ボタンを押した人が一番会いたいと思っている『死んだ人』を一時的に呼び出す装置なんだ!」
自慢気なコタローに続いて、剛が本当はミー君のために作ったんだけどねと言葉を繋げる。
「で、この灰色の猫さんがクロちゃんの会いたかった人なの?」
現れた灰色の猫を撫でようとコタローが手を伸ばすと、鋭い牙が向けられる。人には慣れていないようで、警戒されている。ギラギラと殺意にもにた眼光がコタローの柔い胸を刺す。
「なあ、あんた。ここはどこなんだ」
猫が再び問う。だが、クロは答えない。信じられないと目を見開くだけだ。
「……あんた知りあいのガキによく似てるな。名前は?」
「グレー。グレーなのか?」
ゆっくりと猫に近づき、人の言葉ではない言葉を口にするのはマタタビだ。震える手を猫に伸ばす。
「マタタビ?」
「おっちゃん!」
子供のように飛びつく。自分の知っている子供が急に姿を変えてしまっている。グレーは首を傾げながらもマタタビを引き剥がそうとはしない。未だに立ち尽くしているクロの方を向き、お前はキッドかと尋ねる。
「……おっちゃん」
ようやく口を開いたクロは、綺麗とは言いがたいグレーの毛に顔をうずめる。懐かしい匂いが鼻腔をくすぐった。
「感動的だなぁ」
手に力を入れ、三匹の様子を見ていたミーが言う。
「ボクら置いてけぼりですね博士」
「うーん」
猫の言葉がわからない人間はその光景についていくことができない。
「翻訳機、作りますか」
「そうしようか」
二人は材料を探すために、そっとその場を離れゴミ山の中へと入っていく。
「で、これはどういうことなんだ」
「それについてはボクが説明しまーす」
説明ができるとは思えない状態の二匹に変わり、ミーが手を上げた。見知らぬ猫の存在に、グレーは眉をひそめるが、二匹も口を挟まないところをみると信用してもいい猫なのだろうと判断した。
「実はですね」
ミーは剛とコタローが作り出した装置について説明した。
極一般的な猫であるグレーは装置の構造自体は理解できない。それでも、自分が死に、一時的に甦ったのだということは理解した。ありえないと声をあげなかったのは、人間とは違う感覚を持っているからこそだろう。
「オレは死んだのか」
記憶は薄いが、グレーは否定しなかった。最後に残っている記憶は、キッドとマタタビを送り出した後の抗争の真っ只中だ。元々傷を負っていた自分が死ぬのはある種当然のことだ。
「お前らには迷惑かけたな」
「そんなことねーよ」
マタタビが顔を押し付ける。幼いころに戻ったような気持ちになる。
「クーロー。お前も子供みたいなことするんだな」
茶化すように言うと、鋭い眼光が向けられた。腹に伸びた手はガトリングを装着し、ミーに照準をあわせる。
しまったと頭で考え、足に力を入れ後ろに飛ぶ。何百という銃弾が一気に飛び出した。応戦するべく、ミーは剣を取り出し銃弾を弾く。この程度のことならば簡単にできる。そのまま間合いを詰めようと再び足に力を込める。
「キッド」
ミーの足が地面を蹴る前に、銃弾の荒らしはやんだ。見ればグレーがクロの首をくわえている。まるで子猫のようにぶら下がっているクロは何とも滑稽だ。
「喧嘩するんじゃない」
「グレー。オイラはもうガキじゃねぇ!」
「いーや。お前はいつまで経ってもガキだよ」
言いあう二人はまるで親子のようだ。それを横から笑って見ているマタタビの姿も、家族のように自然と溶けあっている。
「すまないな。こいつはちょっとやんちゃがすぎるんだ」
「あ、いいえ。こちらこそ」
頭を下げられ、ミーもつられて頭を下げる。
「マタタビ。お前もお兄さんなんだから、キッドの面倒ちゃんと見とけよ」
「グレー!」
顔を赤くしながらクロが叫ぶ。マタタビが兄貴分だったのはずいぶんと昔の話だ。今さら知りあいの前で口にされたいことではない。グレーもそれをわかっていて言ったのだろう。顔には笑みが浮かんでいた。
「拙者だってごめんだ。貴様のようなクソガキが弟分など」
「ん? マタタビずいぶん口調が変わったんだな」
「ああ、色々あってな」
マタタビとグレーの会話は何故か子供と大人という雰囲気ではなかった。互いに対等で、大人な会話だに見える。
「クロ、素敵な人だね」
「ああ」
素直に肯定したクロの顔は誇らしげだ。
「いつまでここにいれるかわからんからな。言いたいことは言っておくか」
グレーの優しくも強い目がクロに向く。同時にクロの体が不安気に揺れた。ミーはきっとクロにとってよくない言葉がくるのだろうと予測した。そして、そっとその場を離れた。聞くべき言葉ではきっとないのだろう。
今までもクロの過去を知ろうとしたことはあった。けれど、ただの一度もクロは口を開かなかった。つまり、それほど隠しておきたい。もしくは忘れたいものなのだろう。第三者であるミーが聞いていいものではない。
「大きくなったな」
ミーの姿が消えると、グレーは静かに言葉を投げた。
「……違うだろ」
歯を食いしばり、クロは彼の言葉を否定する。
「オイラのせいでっ!」
「思い上がるな」
悲鳴に似た言葉を叩き落とす。隣にいたマタタビもその声に驚いていた。
「お前らがいようといまいと結末は変わらん。ガキの犠牲が二匹程度増えただけだろう」
あの町へ渡ったのは群れの意思だ。カラスが彼らを襲ったのは不幸な偶然だ。何一つクロを責める要因はないと告げていく。肯定されるたびに、クロは不安に揺れる目を細める。自分の罪が重くのしかかる。
「……第一、責めてやるのはオレの役目じゃない」
クロから離された目はマタタビに向く。
「お兄さんの役目だろ」
「しゃーねぇな」
マタタビは笑う。
簡単なことだ。今までと何も変わらない。
「オレは許してやるよ。それが大人の役目だ」
どれほどの時間を生きたとしても、彼には敵わない。クロはそう悟った。
許されて嬉しいと思えた。罪が軽くなったように感じた。今ならば笑える。
「……ありがと」
「お、珍しく素直だな」
「オイラはいつでも素直だぜ」
まるで家族のように思っていた。親猫は死んでしまったが、自分には確かに家族がいた。
END