珍しく誰もいないフジ井家で、クロは一匹で悠々と過ごしていた。
ジーさんバーさんがいないのは、旅行の度に迷子になるからで、マタタビがいないのは、何やら良い木を使えば家も潰れない。というよくわからない信念を持って、木を探しに行ったからである。
「んじゃ寂しいな」
クロは一匹で悠々と過ごしていたはずなのだ。むろん、今でもマタタビが帰ってくるまではそうするつもりだ。
「でもまあ、オレ様がいるから平気だよな」
一匹で過ごすためには、クロの横でケラケラと笑っている奴を追い出さなくてはならない。そのためにかなりの労力が必要だとしてもだ。
「出ていけっ!」
「んだよ。せっかくオレ様が寂しいクロを慰めてやってんのに」
横で寝ていたはずのクロに蹴り飛ばされたデビルは、頭をさすりながら不満を言う。一体何がせっかくなのか、問い詰めたいところではあるが、確実にクロが望まないような答えが返ってきそうなので、クロは黙っておいた。
「なあクロ」
デビルが再びクロの横に座り、話しかけてくるが、クロは当然のごとくその声を無視した。
「どんな姿になればいい? 何をすればいい? お前が望むのなら、オレ様はこの世界を終わらせることも厭わない」
忠誠心溢れる騎士のような言葉ではあるが、その声は決して正義のものではない。デビルの声は正義とは真逆である悪の色を含んでいる。クロはそれに対して、ほんのわずかではあるが、背筋を冷やした。
狂ってる。そう感じた。
だが、それはクロ自身にも言えること。
「……お前の本当の姿って、どうなってんだよ」
空気に耐えられなかったクロは、前々から気になっていたことを聞いてみることにした。
大抵はミーの姿をしているデビルの本当の姿というものをクロは知らない。以前、何故ミーの姿ばかりしているのかと聞いたことがあった。その時、デビルはクロと始めてあった思い出の姿だからとおどけて言っていた。
「オレ様の……本当、の姿……」
デビルは明らかに言いよどんだ。
それは珍しいことだった。デビルはクロの言うことならば、何でも聞き、答える。そうすることによってクロを縛りつけようとしている。だから、デビルがクロの質問に対して言いよどむなど、今までなかった。
クロがデビルの答えを待っても、デビルは答えない。
「別に、答えたくねーならいいぞ?」
人にはあまり聞かれたくないものがあるということを、クロは嫌というほど知っている。面倒な奴だと常々思っているような奴に対しても、クロは無理じりというものをしない。ましてや、それが自分に好意を持ってくれているのならばなおさらだ。
「……ただの黒い塊だ」
聞き逃してしまいそうになるほど小さな声でデビルは呟いた。
「は?」
思わず聞き返す。
「オレ様は人の感情から生まれた存在だ。他人の体を使ってようやく言葉を話せる」
あまりにも弱々しいデビルの姿に、クロは先ほどの質問を撤回したい気分になった。
悲しませたいわけでも、弱々しい姿にしたいわけでもなかった。ただ、デビルのことを知りたいだけだった。
どうすればいいのかわからず、呆然としているクロの体を、デビルが抱きしめた。
「な…………」
いつもならば殴り飛ばしているような状態だが、先ほどの弱々しいデビルの姿が目に焼き付いているため、クロは抵抗らしい抵抗ができない。それどころか、本当ならば抱き締められるのではなく、抱き締めるべきだったのではないだろうかとまで考える。
「なあ。弱いオレ様は嫌いか?」
デビルが尋ねる。クロは答えを返す代わりに、そっとデビルを抱き締め返した。
END