自分の中に生まれた気持ち。クロがそれを自覚したのは最近だった。いったいいつの間にこれほど厄介な気持ちを持ってしまったのかは覚えていない。
優しいその性格とか、天然なところとか、時々男前だったりするところとか、考えればいくらでもこの感情を持つ理由がでてくる。けれども、それを素直に認めれるほどクロは素直ではない。
今日もまた一つため息をついて、ぼんやりと考える。考えれば、体温を失ったはずの体が熱くなる。だからと言って、考えずにいることもできない。
恋を、してしまった。
相手は敵と言っても間違いではないような相手。クロを生身でなくした張本人のためならば何でもできるようなオスネコに恋をした。
ミーは剛が命令を下せばクロを壊すだろう。今は剛ともそれなりの関係を築けているので、実際に壊されるようなことはないだろうが、恋をしてしまった相手はそういう奴だ。
仮にクロが思いを告げたとしても、それが受け入れられることはない。ミーにとっては剛が全てなのだ。剛以上の存在などになれるわけがない。
クロは昔から普通の恋というものをしたことがなかった。初恋は母親代わりのメスイヌだった。二度目の恋は初恋の相手に良く似たメスイヌ。そして今は自分と同じオスネコのサイボーグに恋をしている。
どう考えても報われるわけがない。いや、そもそもサイボーグになった時点でまともな恋ができるはずがない。
「クロ。何やってんだ?」
最悪なタイミングで顔を出したミーに、クロは思わず後ずさる。
「な、何だよ……」
「いや、ちょっと退屈だったから遊びにきたんだけど」
ミーにはクロに対してとある感情を隠し持っていた。その感情はオーサムが誕生したときには既にミーの心の中にあった。しかし、ミーにとっての一番は剛であることに変わりはなく、その剛がクロを壊せと望むのでその感情を無視していた。
今、剛はクロを壊そうとしていない。むしろ、クロとずっと一緒に生きていたいというような思いを抱いている。ミーはもうクロを壊すようなことはしなくていい。
気持ちと素直に向き合えるようになり、ミーはいつかその気持ちを打ち明けようと目論んでいた。例え拒否されてもいい。それは思いを告げられたらいい。そんな純粋な思いからではない。もしも拒否されたならば、首に首輪でもなんでもつけて自分の物にする。無視している間に歪んでしまった愛情。
自分の愛情が歪んでいると知りながらも、ミーはクロが拒否しなければそれですむことだと笑う。
「だからなんでオイラの家に来るんだよ!」
「えー。そんな硬いこと言うなよー」
軽い口調で二匹はいつもの会話をする。お互いに相手を騙している。いつか心の中に潜めてある感情をぶつけてやろうと機会をうかがっている。
「ねぇクロ。言いたいことがあるんだ――」
心の片隅に潜めていた感情が光りを浴びる。
END