夏といえば肝だめし。そんなことを言ってきたのは、小学校の先生という立場にも関わらず、子供達を夜に引っ張り出そうとしている鈴木だった。
「やだ」
 当然、クロにも声をかけたのだが、きっぱりと断られてしまった。
 何度もしつこく頼みこんでみるのだが、クロの答えは変わらない。
「なんだ。お主まだオバケが怖いのか?」
「えっ」
「何言ってんだ!」
 横から顔を出し、さらには口まで挟んできたマタタビの頭を殴る。
 殴られても、マタタビの顔はどこかニヤついていた。
「師匠、オバケが怖いんっすかー」
 見れば、鈴木の顔もニヤケている。
「怖いわけねーだろ!」
「じゃあ肝だめし参加してくれますよね!」
 満面の笑みで去っていく鈴木を、クロは止めることもできず見送るしかなかった。
「……てめぇ」
「何だ。怖くないならいいではないか」
 クロが面倒くさがっていることをわかっていてやっているのだろう。口角があがり、嫌味なほど笑みが浮かんでいる。
「いやー。拙者はてっきり、幼いころの恐怖が抜けておらんのかと思ったぞ」
 少し強めにクロの肩を叩く。
 不満気な色をした瞳がマタタビを睨んでいた。
 まだ幼い頃の話だ。グレーがチビを集めて怖い話をした。今になって思えば、一匹で勝手に行動したがる子猫を戒めるための話だったのだろう。
「いいか? この夜には猫狩りと同じくらい怖いものがある」
「何?」
「そんなのあるのー?」
 グレーの話にみんな耳を傾けていた。その輪の中にはキッドとマタタビもいた。
「この辺りにいる怖いオバケさ」
「オバケ?」
 静かに、淡々と紡がれる言葉は、仲間達の恐怖心を煽る。
「そいつは子猫が一匹のときを狙ってやってくる。
 出会ったら最後。あの夜に連れていかれ、二度と帰ってこれない」
 恐怖した子猫達は自然と二人一組になり逃げ去る。今晩は悪夢にうなされる猫が多いだろう。
「……キッド?」
 逃げ去る子猫達に満足していたグレーだが、その場に残る二匹の影に目を丸くした。
 特に、目に涙をためているキッドの姿には度肝を抜くこととなった。隣にいるマタタビも驚いているようで、泣くなと必死に慰めている。
「意外だな」
 キッドとマタタビは他の猫とは一味違う。
 くだらない話に怯えるとは思ってもいなかった。
「あんなの作り話さ。泣くなよー」
「うっ……だっ、て」
 こんなときにとは思いつつ、グレーは二匹の様子にほくそ笑む。近頃では兄弟というよりも、友達といった風になっていたが、こうして見るとやはりマタタビは良いお兄さんをしている。
「大丈夫だよ。今日はとっとと寝ようぜ」
「う、ん」
 未だに嗚咽をもらしているキッドをつれ、マタタビは寝床へと歩き出す。
 あれから、怪談話を聞く機会などなかったが、マタタビの記憶には当時のことが鮮明に残されている。それほど驚いたのだ。
「ちくしょー。何が悲しくて肝だめしなんて行かなきゃらなねぇんだよ」
「まあ、せいぜい恥を欠かぬようにな」
「……決めた」
 笑いながら居間へ入ろうとしていたマタタビの腕を掴む。
「あ?」
「てめぇも一緒にこい」
 旅は道ずれ。そんな言葉を思い出した。



 夜になり、鈴木に言われた集合場所へ行く。
 そこには少ないながらも、子供達がいた。ここへきていない子供達はこんな夜遅くに外に出せないと言われた子達なのだろう。
「そりゃそーだよな」
 これだけの人数がここへこれたことの方が驚きだ。
「あ、師匠きてくれたんですね!
 じゃあ、さっそくこれを引いてください」
 鈴木が手にしていたのはたくさんの割り箸だった。肝だめしの順番と組み合わせを決めているようだ。
「ほいほいっと」
「何で拙者まで……」
 文句を言いつつもクジを引き、端に書かれた番号を見る。
「どうだった?」
「お主は?」
 タイミングをあわせ、お互いにクジを見せあう。
「マジかよ」
「勘弁してくれ……」
 二匹は自分のクジと相手のクジを交互に見る。そこに書かれているものはどうみても同じものだ。
 このような行事の場合、男女が組み合わさるようになっているものではないのか。周りを見てみると、二匹と同じような状況に陥ってしまった子供達の様子が見える。女同士ならばともなく、男同士で肝だめしをするなど、何が楽しいのだろうか。
 さらに言えば、仲の悪い者同士が当たってしまった者もいるようだ。
「はーい。みんな静かに!」
 全員にクジを引かせることができたのか、鈴木は手を叩いて注目を促す。
「先生は、これを機会に今まで仲が悪かった人や、話したことのない人とも交流を深めて欲しいと思います」
 時々、鈴木はやけに先生らしくなる。こういうところがあるからこそ、生徒達は鈴木のことを好いているのだろう。クロやマタタビも鈴木のこのような一面は好ましく思っている。
「じゃあ、その番号の順番にこのルートを通り『勇気の証』を取ってきてください」
 二匹は再びクジを見る。番号はちょうど中間辺りだ。
「しゃーねぇな」
「ま、適当に行くさ」
 楽しそうに話す子供や、出発前から一触即発な雰囲気のある子供達と、様子は様々だ。
「その道、結構暗いだろ」
「ええ」
 時間を計り、一組ずつ送り出している鈴木に声をかけた。クロの記憶が正しければ、ルートの場所は暗く、肝だめしをするには最適だ。
「危なくねぇか?」
 集まったのは小学生だ。男子であったとしても、夜道を歩かせるのは不安が残る。
「大丈夫ですよ。剛博士達がオバケ役ですし」
「ゲッ」
 鈴木の大丈夫はまったくあてにならない。
 剛達が引き起こしてきた事件の数々を知らないはずがないのに、どうして鈴木はこうも剛達のことを信頼できるのかがわからない。
「おー。本当に恥をかくようなことにならなければいいな」
 隣にいたマタタビが笑う。いつまで過去のことを突くのだろうと、クロは軽く小突く。
「痛いではないか」
「余計なことを言うからだよ」
 互いに武器を取る。
「あー! 戦闘はやめてください!
 ほらほら、師匠達の番ですよ!」
 慌てる鈴木を見て、二匹は武器をしまう。
 一度顔を見合わせ、そっぽを向く。まるで子供のような喧嘩だ。
 ライトを鈴木から受け取り、決められているルートを歩く。街灯はなく、ライトがなければ足元も見えないような状況だ。
「暗いな……」
「貴様、夜目も効かんのか」
 マタタビは生身の猫だ。視力も悪くない。
 ライトがなくとも、わずかな月明かりを頼りに歩くことができる。
「……悪かったな」
 コンプレックスとまではいかないが、生まれつき目が悪かったのが今にまで続いていることは忌まわしく感じている。
 言葉の色からそれを読み取ったのか、マタタビもバツが悪そうな顔をしている。
「うおっ」
 照らしきることができなかった溝がクロの足を滑らせる。
 驚いた拍子に手を離してしまい、ライトが地面に落ちる。その衝撃で明かりは消え、どこへ転がってしまったのかもわからない。
「ヤベ。おい、ライトどこだ?」
 夜目が聞くマタタビに尋ねてみるが、言葉は返ってこない。
「おい」
 声に焦りの色が浮かぶ。
 左右を見てみるが、クロの目には暗闇しか映らない。
「マタタビ!」
 闇雲に手を伸ばしてみるが、何かに触れることは叶わない。
「どこだよ!」
 必死に伸ばしていた手に何かが触れた。
「怖がりだな。キッド」
 声が笑っている。
 いつもならば怒りを覚えるのだが、このときばかりは安心してしまった。
「どこ行ってたんだよ」
「これを拾ってきてやったのではないか」
 同時にライトがつけられる。
「……拾ったときにつけろよ」
「おお、そうしたほうがよかったか」
 わざと明かりをつけなかったわけではないらしい。
「それにしても、お主が本当にまだオバケが怖かったとは……」
「違うっつてんだろ!」
「はいはい」
 ライトを持ったままマタタビが進むので、クロもそれに続く。
「お主、泣きそうな声だったぞ」
「だれが泣きそうだって?」
 口論をしながらも二匹は進んで行く。
 クロが本当に怖いのはオバケではない。横目でマタタビの姿を映す。
「オイラが怖いのは」
 誰にも聞こえないくらい小さな声で呟く。
 一人になるのが怖いのだと。


END