気づけば、ミーがクロの家に遊びにいくことは珍しいことではなくなっていた。
 出会ったころは、何かしらのやっかいごとを持ち込んできていたので、クロも警戒していたが、最近では世間話をしたり、隣で日向ぼっこをして帰るということも少なくはない。
 度々家にくる理由とか、剛を放っておいていいのかとか、クロからしてみれば聞きたいことが山のようにあったのだが、ミーは何も答えないと何となくわかっていたため、クロは何も聞かなかった。
 ミーが隣にいるというのも、慣れてしまえば悪くないと思い始めていたというのも、何も聞かない一つの理由だ。
「クロー」
 隣で寝ていたミーが声をかけてきた。
「んだよ」
 面倒だと思いつつも返事をすると、ミーは世間話でもするかのような軽さで言った。
「ボク、何のために生きてるんだろ」
 ミーの言葉に驚いて、クロが飛び起きる。表情というものがあまりないミーだが、悲しげだということはすぐにわかる。ミーの言葉の真意をクロが計りかねていると、新たな言葉が飛び出した。
「剛君の夢を叶えるため、剛君の右手になるため、ボクはずっと生きてきた」
 縁側に座り、足をぶらぶらさせているミーの言いたいことがクロにはだんだんわかってきた。
 つまり、存在意義がわからないのだ。
「世界征服しても、新しい壁ができるって言ってる。右手はコタロー君がいる。
 ねぇ。ボクって、何で生きてるのかな?」
「知らねぇよ」
 クロにはわからない。存在意義などというものは自分で見つけ出さなければ意味がない。大体、天気のいい昼下がりに聞きたいような話題ではない。
 隣でミーが座っていること事態は嫌ではないのだが、それによって生み出されたこの空気がクロはわずらわしいと感じた。いつも通りの能天気な笑い声を聞かされているほうが百倍マシだ。
「それに、ボクはもう剛君を守れないかもしれない」
 この言葉にはさすがのクロも軽く流すことはできなかった。
 恩はかならず返す。それがオスネコの誇りであり、始めて出会ったときのミーは確かにそれを胸に抱いていた。だからこそ、見殺しになどしなかったのだ。
 クロの知るミーはその誇りを捨てるようなオスネコではなかった。
「…………」
 驚きのあまり声も出ないクロをちらりと見たミーは、ため息と共に零した。
「剛君より、守りたい人ができたんだ」
 悲しそうな声だが、クロには信じられない言葉。
「剛を守るのがオスネコの誇りじゃねーのかよ」
 尋ねると、ミーは小さく頷く。
「うん。剛君はボクの命の恩人だから、絶対に守る。
 でも……。もしも、剛君かその人が同時に狙われたら、ボクはその人を助けるかもしれない」
 見ている方が恥ずかしくなるほど、剛にべったりだったミーの心をそれほど変えた人物というものにクロは興味を惹かれた。オスネコの誇りよりも大事な奴なのだろうか。
「オイラも知ってる奴なのか?」
 遠まわしに聞くのも面倒だったので、クロはストレートに聞いてみた。
「……うん」
 クロは自分の知っている者の姿を思い出す。大抵の者達は自分の身は自分で守れるほどに強く、それができなさげなのは鈴木とその教え子達くらいだ。
 他の者達は自分の力でどうにかできるだけの根性と力を持っている。
「それじゃ、別に守る必要ねーんじゃねぇ?」
 どう考えても剛の方が弱い。そう思い、クロは提案してみるが、ミーは首を横にふった。守らなければならないような奴なのかと考えると、鈴木である可能性は確実にないので、生徒達の誰かということになる。
 子供に人気があるので、いつしか守りたいほどの者にでもなっていたのだろうと、クロが一人で納得すると、ミーはクロの考えを根本から崩しにかかった。
「だって、自分から突っ込んで行くんだもん……!」
 守りたいというから、弱い奴を想像していたクロにとって、ミーの言葉は衝撃だった。
「怪我しないっていう保障なんてないのに、何であんなに無謀に突っ込んでいくんだろ……」
 ため息をつくミーの横で、クロは改めて考える。クロの知っている奴らの中で、そんな奴はいただろうか。
 自分の身を守ることはできるくらい強く、個性のある面々ではあるが、自ら突っ込んで行くような奴はいなかったように記憶している。
「ねぇ。どうしたらいいと思う?!」
 始めの薄暗い空気はどこへ行ってしまったのだろうかと、クロは頭の片隅で考える。そもそも、何故ミーの恋愛相談もどきを自分がしなければいけないのかもクロにはわからなかった。
「知らねぇっつーの。そいつに突っ込むなって言えばいいんじゃねぇの?」
 知らないと言いつつも、アドバイスをしているところがクロがお人好しと言われる由縁だろう。
「言ったら、やめてくれるかな?」
 すがるような視線を受け、クロは小さく頷いた。頷く以外の選択肢はなかった。
「じゃあ、突っ込んで行かないでね」
 クロの手を取り、ミーは言った。
「……は?」
「だから、無茶しないでって」
 何の冗談なのだろうかと思うが、ミーの雰囲気からして冗談ではない。
「オ、オイラは守られるほど弱くねぇ!!」
 クロの口からでた言葉はミーに届かなかったのか、ミーは絶対だよ。と、一方的に約束を取り付けた。


END