目が覚めたとき、そこは見知らぬ場所だった。
 傷の手当をしてくれたのは人間だった。人間はずっと敵だったけど、わざわざ手当てをしてくれたのだから、敵ではないのだろう。そもそも、オレは人間なんかに構ってる暇はない。
 キッドを探さなければ。
 オレが最後に見たキッドの姿は、今にも泣きそうな顔でオレを呼ぶ姿。きっと今頃泣いている。兄貴分のオレが励ましてやらねばならない。だが、とりあえずは腹ごしらえだ。人間が用意した食事に手を付ける。ああ、生き返る。
 腹が膨れ、キッドを探しに行こうとした。だが、体は上手く動かなかった。このままキッドを探しても野たれ死ぬのがオチだと考えたオレは、しばらく人間の世話になることにした。
 人間の話を聞くのは楽しかった。人間の見るテレビというものには興味があった。
 しばらくすると言葉を覚えた。人間のだ。
「拙者!」
 人間達はスゲー驚いてた。仲間内でもバケネコと称されていた拙者の器用さを舐めるなよ!
 体が動くようになってからも、しばらく人間と共にいた。右目がなくなり、上手く動くことができなかったのだ。
 遠近感は掴めんし、右側からやってくるものがわからなくなった。しかも、時々右目がうずく。とてもじゃないが、長旅ができるほどの体調ではない。
 人間達の住みかの近くを周り、少しでも早く右目がなくなったことに慣れることにした。キッドを見つけたとき、拙者が右目を失ってしまったために不便な思いをしているなど、思われたくない。
 あと、これも人間の話になるんだが、人間のもつ不思議な箱の存在が拙者はすごく気になった。それに人間が入ると、それはものすごい速さで動く。アレが使えたら、キッド探しも楽になるかもしれない。
「トラック運転してみるか?」
 拙者を治療した人間が尋ねてきた。そうか。それはトラックというのか。
 トラックとやらに乗ってみたが、足が届かなかった。腹がたったので高下駄を作った。動かすことはできたが、建物にぶつかってしまった。どうやら拙者には使いこなせないようだ。
 しばらくすると、人間は拙者に眼帯をつけた。そのころには右目がないのにも慣れ、痛みも消えていた。
 人間が運転しているトラックに乗っていると、黒猫がいた。一瞬、キッドかと思ったが、全然違うネコだった。そこで気づいた。拙者は、自分で思っているより、キッドを憎んでいる。
 黒猫がキッドかもしれないと思った瞬間、殺してやると思ってしまった。そんな自分が怖かった。キッドであるなと願っていた。拙者がいつまで経ってもキッドを探しに行けないのは、迷いがあったからなのだ。
 拙者の中にあるキッドは、最後に見た弱々しいキッドと、拙者の右目を奪った恨めしいキッドだ。どちらも同じキッド。もう、答えを先伸ばしにするわけにはいかない。
 トラックの運ちゃんに別れを告げ、拙者は旅に出た。
 そして、また人間に助けられた。拙者の旅につきあわせていた馬が倒れてしまったのだ。
「目標も定めず、ただガムシャラに突っ走っても、周りと自分を傷つけるだけじゃ」
 人間の言葉は不思議と心に染みた。
 確かに、拙者はただ突っ走っているだけだった。キッドに会うことだけを考えていた。……違う。会った後のことを考えたくなかっただけだ。
 こんな気持ちでキッドに会っても、何にもならないと悟った拙者は、人間のもとで大工の修行をすることにした。
 元々手先が器用だった拙者は、案外早く大工の仕事を覚えた。木は拙者の気持ちを簡単に読み取る。拙者が迷っていれば、作ったものも歪む。そのおかげで、余計なことを考えぬようにする術を身に付けることができた。
 気づけば人間と同じように言葉を話すことができるようになっていた。
「そのキッドってのは何者だい?」
 拙者が話せるとわかった人間は拙者にそう尋ねた。話してしまおう。それをしても平気な人間だ。拙者は棟梁に正直に話すことにした。
「拙者の目ン玉とったとんでもねぇ野郎さ!」
 するっとそんな言葉がでた。やっぱり拙者はキッドを恨んでいる。弟分として、仲間として、ずっと大切にしてきていたキッドを恨んでいる。
「キッドに会ってどうする?」
「そりゃあ!
 ……………………」
 答えは出なかった。トラックの運ちゃんのもとを離れてからずいぶん経ったが、拙者の中で答えはでないままだ。
「憎いのか? 復讐したいのか?」
「そう、かもしれねぇ……」
 自分の言葉に驚いた。
「同じようにキッドの目ン玉を取りたいか?
 それで、お前の気が収まるのか?」
 棟梁に問い詰められ、拙者は自分の中にある気持ちを整理することができた。
「黙れっ!!」
 憎んでいる。恨んでいる。だが、同じくらい大切で、愛しいのだ。
「だがきっと、あの事故で本当に苦しんでいるのは……。
 拙者ではないっ!」
 わかっているのだ。それを整理し、自分を納得させることができないだけ。
「キッドだっ!」
 拙者の目を抉った後のキッドは今にも死にそうな顔をしていた。罪悪感で押しつぶされそうな表情を浮かべていた。そして、仲間に裏切られ、絶望していた。
「ならば、お前が『あれはただの事故だから忘れていい』と言ってやれば、キッドも安心して忘れてくれるのか?」
 棟梁は凄い。改めてそう感じた。まるで拙者の心の内を全て見透かしていて、拙者を答えへと導こうとしてくれているようだ。
「キッドはそんな薄っぺらな奴じゃねぇ!!」
 拙者が何を言ってもキッドは自分を責め続ける。自分を許そうとしない。もしかすると、拙者に殺されるのを望むかもしれない。だが、拙者にはそれができない。
「ならば、答えは見えたじゃないか」
 わからない。拙者には答えなど見えていない。未だに拙者の心の内は中途半端なままだ。
「キッドってやつがそんなに骨のある男ならば、キッドを安心させてやりたいのならば、その眼帯がいつでもキッドの目に映るように……。
 一生そばにいてやれ」
 やはり言葉が心に染みる。
「憎まず、許さず。一番キッドを安心させてやれる距離にいてやれ」
 目のことを許すことはできない。だが、憎むこともでききれていない。そんな拙者ができる唯一のこと。
「できるか? 簡単ではないぞ?」
「わからねぇ……。会った瞬間に殺してしまうかもしれねぇ」
 その光景は簡単に目に浮かぶ。殺される瞬間のキッドの表情までもが目に浮かぶ。それでも、拙者はキッドに会いたい。できることならば、昔のように傍にいたい。
 キッドが右目のことを忘れてしまうほど、近くで笑っていてやりたい。平気な顔をしていてやりたい。
「世話になったな。棟梁」
 拙者はキッドを探さなければいけない。
 自分自身にけじめをつけるため。キッドに平気だと教えてやるため。


END