視力がよくなっていることには気づいていた。暗闇の中ではそれが意味をなさないのだということに気づいたのは最近だった。
昔、低い視力を補うために発達していた他の感覚は今でも健在のようで、機械仕掛けになったとしてもその強さや敏感さには変化がなかった。よく知っている面影と、全く知らぬクロが重なる。
手を伸ばしたくなったことは数えきれなかった。泣いているのではないかと思い、手助けをしてやらねばと思った。けれど、マタタビが手を伸ばす前にクロはすべてを自分の力で解決した。ときには誰かの手を借りることもあったが、マタタビの手を借りることはほとんどなかった。
成長を喜びたいような、自分の意味を考えさせられるような。奇妙な感情だった。
「マタタビ?」
月は雲に隠れており、近くの電燈はあいにく切れている。辺りは真っ暗で、猫であるマタタビにもクロの姿はかすかにしか見えない。
黒い闇はクロの体を隠してしまう。
「何だ」
「いや、暗いなーって思ってさ」
怖いのかとからかうと、すぐさま否定の言葉が返ってくる。
クロは気配だけでマタタビの位置を特定しているのか、目を向ける方向こそあってはいるが、目線がまったくあっていなかった。この瞬間、クロの世界には誰もいない。
「キッド」
「何だよ」
不機嫌そうな声が返ってくる。
「拙者からは見えてるぞ」
意味のない主張をしてみた。
一瞬の沈黙の後、クロは悪かったなと言った。目に関するコンプレックスが解消されることはないらしい。
「つか、お前よく見えるな」
真っ黒な体は闇に隠れている。一匹で生きていたときも、闇の中ならば安全に移動することができた。
それほどクロの体は黒い。
「当たり前だろ」
マタタビは強い口調で言う。見えないわけがない。
「貴様が黒かろうと、白かろうと関係ない」
闇の中でマタタビの手がクロに触れる。
突然のことで驚いたのか、肩が揺れたが気にせずに言葉を続けた。
「拙者がお主を見逃すはずがない。
もしもいないのならば、どのようなことがあっても見つけ出す」
こうして見つけているのが何よりの証拠だと笑った。
恥ずかしい奴だと小さく呟き、少し嬉しそうに笑う。マタタビはそんな表情もすべて瞳に映していた。一度だって、その体を見失ったことはない。幼いころからずっと見てきたのだ。たかが闇と見間違えるはずがない。マタタビはその点においては自信があった。
「明るいときなら、オイラも見つけてやるよ」
「探すのは拙者の役目だ。昼も、晩もな」
だからクロは好きなように生きればいい。
笑うのも、泣くのも、怒るのも。猫らしく自由に生きていればいい。
文句を言いながらも、その自由さに引っ張りまわされるのは嫌いでない。ふとした瞬間に、それを幸せと認識する脳が憎いほどだ。
「んじゃ、探してみろよ」
マタタビの手から逃げる。黒い体が闇に溶けていく。
また探すのは手間だと思い、首輪でもついていれば楽だと思った。けれどそれは自由でないし、首輪がついたクロはつまらない。
「任せておけ」
縁側から飛び出し、黒い体を探しに回る。
鈴の音は聞こえないが、気配はある。体は見えないが、闇には溶けていない。
マタタビは手を伸ばした。
「ほら、簡単だ」
たった数年だ。それで見つけられたのだ。
見つけ出すことなど他愛もない。
END