昼寝をしていたクロのもとにミーがきた。
寝ているクロにミーが適当に話しかけ、クロは眉間にしわを寄せつつもミーとの会話を楽しんでいた。
そんな二匹を微笑みながらマタタビは見ていた。
もっと笑えばいいのに。もっと素直になればいいのに。そんなことをマタタビが考えていると、突然クロとミーがガトリングを撃ち始めた。
「すぐに怒るんだから!」
「うるせー!!」
なにやら喧嘩をしているようだが、マタタビには喧嘩のことなどどうでもいい。マタタビの頭の中には、このままではまたしても家が潰されてしまうということだけだった。
「貴様らやめんか!」
叫んでみるが、ガトリングを撃ちあっている二匹にはマタタビの言葉は届かない。
二匹が剣を使っているのならばマタタビも簡単に二匹の間に割って入ることができたが、今二匹が使っているのはガトリング。下手に間に割って入れば生身の体から真っ赤な鮮血が飛び散るだろう。
ならば片方だけ止めればいい。そう結論付けたマタタビは二匹のうち自分に近い方。クロを止めることにした。
「キッド! 家を潰す気か?!」
真っ直ぐミーを見てガトリングを撃っているクロの後ろからマタタビは声をかけた。だがクロは聞こえていないのか返事をしない。
「おい! 聞いているのか?!」
クロの注意をこちらに向けさせようとマタタビがクロの肩を掴んだ。
「うるせぇ!」
喧嘩に集中していたクロは思わずマタタビの手を振り払った。
幼いころの癖とは中々抜けないものだ。それは昔の人が『雀百まで踊り忘れず』というほどだ。
「――――っ!」
時間が、止まった。
クロがマタタビの手を振り払った瞬間、クロは無意識のうちにこれ以上邪魔されぬようにマタタビを攻撃したのだ。そう、いつかの日のようにクロの手はマタタビの目を狙った。
だがマタタビも昔のままではない。一瞬のうちにクロの攻撃を見切り後ろに退いた。だがそれは完璧ではなかった。
「…………マ、タタビ君……」
クロの爪はマタタビの目をえぐることはなかったが、代わりにマタタビの眼帯を奪い取った。
すぐにマタタビは右目を抑えたが、クロとミーは確かに見た。マタタビの眼球があるはずだった場所のなれの果てを。
「…………」
その光景に思わず固まってしまったミーだが、ちらりと横目でクロの姿を見て自分のするべき行動を理解した。
「ごめん」
小さく呟いてミーはその場を去った。
去っていくミーの後ろ姿を見てマタタビは心の中でお礼を言った。おそらく、ミーがいたらクロを落ち着かせることはできなかっただろう。
クロは今はマタタビの右目を見た状態のまま固まっていた。まるで、今も隠された右目が見えているかのように。
「キッド」
マタタビがそっと近づいてクロを呼ぶ。
呼ばれたクロはビクッと体を震わせて現実の世界に意識を戻した。
「……………………」
マタタビはクロに何を言えばいいのかわからなかった。
気にするなと言ってやりたいが、それでクロの気持ちが軽くならないことくらいわかっていた。
旅の途中、出会った棟梁は許さず憎まずと言っていた。クロは許しを求めているわけではない。マタタビは本気でクロを憎む気にはなれなくなっていた。
どうすればクロにとって一番いいのかマタタビにはわからなかった。
「……マタタビ」
クロはそっと右目を抑えているマタタビの手をひきはがした。
そこにはやはり先ほど見たのと同じ状態のなれのはてがある。
眼球を失くした右目は肉がその穴を埋めている。元々はそこに穴があったということを訴えるかのようにそこは若干くぼんでおり、さらにはそこだけオレンジ色の毛が生えていない。
クロはそっとくぼみに触れる。
「昔は、ここに、あったんだ……」
小さく呟く。
「おい……キッド?」
困惑するマタタビにクロの顔が近づく。
「何を…………っ?」
右目を、いや、右目があるはずだった場所をクロが静かに舐めた。
ますます困惑するマタタビをよそにクロは何度も舐める。
傷を癒そうとするかのように優しく、再び穴をあけるかのように強く。
サイボーグになったはずなのにクロの舌は温かく、柔らかかった。混乱している頭でマタタビは剛がクロの一部はまだ生身だと言っていたのを思い出した。
昔、怪我をしたマタタビの傷を舐めていたのと同じ舌。その舌でクロは既に癒えたマタタビの傷痕を舐める。
マタタビにはクロがこの既に癒えた傷を舐めることによって、自分自身の心の傷を舐めているのではないだろうかと思った。
クロはただひたすらに傷痕を舐めた。
「その傷はすでに癒えている。もう、開くことはない」
クロの肩を掴み、引き離してマタタビは言う。
「もう、拙者の右目はない」
真実を突きつける。
クロは一瞬、大事な何かを砕かれたような表情をしてから笑った。
「わかってるってーの」
落ちている眼帯を広いあげ、マタタビの傷痕に押し付ける。
「それはオイラがやったんだ」
自慢するかのような表情を見せたクロだが、それが強がりだということをマタタビは知っている。
「そうだな。そのうちオトシマエをつけてもらうぜ」
「やれるもんならやってみろよ」
二匹は自分達の心に嘘をつき続ける。
END