虎猫は弱々しいただの猫だった。
悪魔は心の寂しい者だった。
黒猫は神だった。
世界は、真実だった。
【世界は大きく。虎猫も悪魔も女王も黒猫も跪く】
赤い返り血を落とすため、バイスはミーの館に入る。鍵がかかっていたが、彼にしてみればないも同じだ。
手持ちの道具であっさりと鍵を開け、シャワーを浴びる。手に残る肉の感触に笑みがこぼれた。
「楽しかったズラ」
瞳を閉じ、彼らのことを思い出す。
手のひらで踊り狂っていた、猫達と悪魔と女王。
あまりにも上手くいったので、バイスは笑いを抑えることができなかった。
彼は退屈だった。幼いころから情報屋として働き、世界の全てを手にしていた。だが、肝心の世界はあまりにも退屈だったのだ。
死臭が溢れているのに、安定してしまった二つの組織。変わることのないパワーバランス。あまりにも退屈だった。そこで、一つ実験をしてみることにした。子供のいないファミリーのボスに孤児を紹介した。
銃の腕前もよく、性格も上に立つ者に相応しい。ボスはすぐに彼を迎えに行った。ただ一つ、バイスが伝えなかったのは、彼の依存性だけだ。孤児の少年は一人で生きることができなかった。
孤児の少年が大きくなったころ、とある殺し屋に暗殺の依頼を渡した。きっと殺し屋は孤児が好きになるだろうとわかっていた。ボスが殺し屋に頼むことも、それから物事がどう動いていくのかも、バイスは知っていた。
目の前に広がる信じられない騒動に、バイスは始めて生きている実感を得た。
便利な性欲処理の相手がいなくなってしまったのは残念だが、それよりも刺激的で、楽しいことを経験できたのだから問題はない。
今思い出してみても、体が震える。
それほど今までの出来事には価値があった。
これで揺れていたバランスは崩壊した。小さな戦争が起こるだろう。この小さな火種は大切にしなければいけない。大切に育て、いつしか大きな炎にするのだ。
彼らの苦しみと死を基盤に、大きな炎を作り上げる。まだ彼の中で計画は始まったばかりだ。
「さ、次はどんな顔をしようか」
今の顔ではどこから足がつくかわからない。バイスは口角を上げ、鏡を叩き割る。
次に使う顔を思い浮かべながらシャワー室を出て、綺麗な服を着る。
「ボクからの、ささいなお礼ズラ」
三つの死体が転がる場所に、バイスは一枚の絵を置いた。
そこに描かれていたのは、世界と黒猫と、女王と悪魔と、虎猫だった。
世界は大きく。女王も黒猫も虎猫も悪魔も跪く。
避けられ続けた黒猫は虎猫と共に闇へと堕ち、
黒猫には悪魔がよく似合うと誰かが言う。
黒猫と女王は涙を流して立ち、
同じ境遇に惹かれてみても、女王は黒猫を嫌った。
サディスト女王は虎猫を足蹴にし、
傷ついた虎猫の傷も癒せぬ黒猫は何を思う。
世界と悪魔は裏側で体を繋げているというのに、
黒猫の問いに虎猫は沈黙を返す。
気狂い女王が悪魔に銃を向けるが、
世界はフェアを求めて女王に味方した。
女王の足の下で虎猫が横たわり、
女王は悪魔へ笑みを浮かべて手を振り、
横切る黒猫は女王の方を振り返り鳴き、
世界は黒猫の存在を認めなかった。
これにて、物語は閉幕とさせていただきます。
『世界に跪く物語』