ロミオとジュリエットの結婚式に参加させられ、散々な目にあったクロが家に帰れたのは深夜を過ぎていた。
 結婚式が終わり、奴らに罰も当たってすっきりしたということでまたみんなで騒いでいたのだ。
 場所はゴミ捨て場だったが、それなりに盛り上がった。いつものメンバーはすでにゴミ捨て場にいることに違和感を覚えなくなっているのだ。
 鈴木とめぐみが明日も仕事なので帰ると言ったところで、クロもおいとますることにした。
「なんだ。お前も帰るのか?」
 騒ぐことが大好きなクロにしては珍しいと、ミーが引き止めるような口調でいう。
「あー。遅くなるって言っとかねーと、あいつがうるせぇんだよ」
「そっかー」
 クロのいうあいつが誰なのかすぐに察しがついたミーは楽しそうに笑う。それも心底楽しそうな笑い。ここまで楽しそうに笑うときは大抵剛が絡んでいるが、今回のことに剛はまったく関係ない。
「なんだよ……」
「べっつにー」
 嫌味なぐらいニコニコしているミーの顔面の原型がなくなるまで蹴ってやろうかとクロが足を上げたとき、遠くの方から鈴木の呼ぶ声が聞こえた。
「師匠ー! 早く行きますよー?」
 どうせ近くを通るので、クロを送ると言ってくれためぐみが鈴木と一緒に待っている。
 待たせては悪いと思ったのか、クロは一発蹴りを御見舞してさっさと走っていってしまった。
「照れ屋なんだから」
 語尾にハートでもつけそうな勢いでミーが言ったが、幸いにもそれはクロに届いていなかった。


 ミーの言い方を思い出しつつ家に帰ったクロは縁側にいた『あいつ』を見つけた。
 嫌な予想というのはよく当たるもので、やはり『あいつ』は怒っていた。
「遅い!」
「オイラはガキじゃねーんだぜ? マタタビ」
 怒りをあらわにするマタタビにクロが言う。
「うるさい! まったく……人に心配ばかりかけさせやがって……」
「別に心配してくれなんて頼んだ覚えはねーよ」
 マタタビのため息と同時にクロが憎まれ口を叩く。本当は嬉しい言葉でも、素直に受け取ることは難しい。
「大体、オイラ今日は疲れてんだよ……。ロミオ達が馬鹿なことをしでかしてくれたおかげで……」
 思い出すだけでも腹立たしいことだが、あのロミオ達に足を舐めろと言われたのだ。しかもその前には子守やらなんやらをやらされている。疲れるのも無理はない。
「ほー? そんなことがあったのか」
 事の顛末をクロに聞いたマタタビが何か思いついたように頷いた。
「キッド」
「あ?」
 さっさと寝てしまおうと思い、いつもの縁側に寝転がろうとしていたクロをマタタビが呼んだ。
 振り向いた先にいるマタタビは明らかに先ほどと違う態勢でこちらを向いている。
 そう、縁側に座り、素足をクロに突きつけているような態勢。
「……これは、どういう、ことだ?」
 一つ一つを区切り、相手にも自分にも理解できるように言った。
 場数を踏み、大抵のことならば同様せずに対処できるクロと言えども、こんな事態に対応できるほど完璧ではなかった。
「舐めろ」
 クロの疑問をマタタビは一言で解消した。ただし、クロにとってよい返答ではなかったが。
「…………アホらし」
 一番いい解決法をクロが実行したが、それで引くほどマタタビも意思が弱くなかった。
「なら、拙者が舐めてやろうか?」
 耳もとで息を吹きかけるように囁きかける。途端にクロの背筋が粟立った。
 横向きに寝転んでいた体は転がされてうつぶせにさせられ、両腕は上の方で捕まれてしまい身動きがとれなくなる。
「ちょっ! 何すんだよ?!」
「騒ぐな。ジーさんバーさんが起きるぞ」
 当然のごとく騒ぎ出したクロの耳もとで再びマタタビが囁きかける。
「ひっ……!」
 クロが小さな悲鳴を上げた。理由は首筋をなぞるように舐めるマタタビの舌先。
 つぅっとなぞる舌の生暖かい感触にクロの全神経が集中する。集中してしまうため紅潮する肌。
「くくく……。赤くなってるぞ?」
 耳たぶを甘噛みしながらまた囁く。
「う、うるせぇ!」
 いつものような強さはそこにはなく、怯えと恥ずかしさが見え隠れしていた。
 そんなクロに聞こえるように耳の中を舐め、キスをする。
「ふ……ぁ……」
 体を震わせて快感を示すクロにご満悦の表情を浮かべたマタタビは調子に乗って服の中に手を入れ始めた。
「や……。本……当に、やめ……ろよ……」
 体を強張らせ、必死にマタタビの愛撫に耐えているクロを見ていると、マタタビは酷い罪悪感に襲われた。
 虐めたいわけじゃない。泣かせたいわけでもない。ましてや怖がらせたいなんて微塵も思っていない。
「悪い……」
 クロの上からどいて、謝るマタタビをクロはキッと睨みつけた。ただ、微妙に脱がされている服で、肌を赤く染めているのだから、そこに威圧感などはなく、加虐心をそそられるだけであった。
「もうしない」
 しかしそこはグッと堪えて約束をする。
 ここでこれ以上のことをしてしまえば、クロはもう二度と口を聞いてくれないだろう。もしかしたら桜町からも追い出されてしまうかもしれない。
「……本当だな?」
 クロが尋ねるとマタタビは静かに頷いた。
 マタタビは基本的に嘘はつかない。快楽にはいつも負けているが、クロに嘘をついたことは数えるほどしかない。
「じゃあマタタビ君にご褒美をあげよう」
 悪戯っぽく笑ったクロは体を持ち上げ、マタタビの顔に自分の顔を近づける。
 これから起ころうとしていることを全く理解していないマタタビはクロに状況を任せる。
 クロがじっとマタタビの赤い瞳を見つめ、顔をさらに近づける。
 触れるだけの口付け。
「なっ?!」
 本当に一瞬のことで、マタタビはとっさの反応が追いつかなかった。ただ、あのクロが自分からキスをしてくれたことだけはしっかりと理解した。
「んじゃおやすみー」
 慌てふためくマタタビをよそに、クロは服を整えてすっかり寝る態勢に入っていた。
「貴様……実は誘ってるだろ」
 言うと同時にマタタビは再びクロに覆いかぶさる。
「はぁ? 何言ってんだ? ってかどけよ。もうしないって言ったじゃねーか」
 抗議の色を見せるクロだが、マタタビは体中の熱を持て余している。これ以上は我慢できない。
 先ほどのように肌を舐めるのではなく、口付けをする。それはクロがしたような軽いものではない。
 もう逃げられない。
 瞬間的にクロはそのことを悟った。多分もう何を言ってもこの行為はやめられないのだろう。ならば余計なことに力を使わず、ことに身を任せたほうが楽というものだ。
 ちなみにこれは幼い頃マタタビに教わったことである。
 長い夜は始まったばかり。

END