キッド。キッド。拙者はお主を恨んでおらん。右目などくれてやる。だから、いい加減に拙者に懺悔するのはやめろ。拙者に罪の意識を感じるな。拙者を見ろ。懺悔の対象としての拙者ではなく、昔からよく知っているマタタビとして、拙者を見ろ。
 何故貴様は拙者を見ない。拙者はいつも見ている。可愛い弟分として、思いを寄せる者として。例えお主が拙者の思いを返さなくてもいい。ただ、拙者を見てくれさえすればいい。
 聞かせてくれ。どうすればお主は拙者を見るのだ?
「ごめんな。ごめん」
 拙者に謝罪をするな。
 ふとした拍子にキッドは拙者に謝罪をする。それは絶対に夜だ。だから誰もキッドのこんな姿を知らない。拙者も知りたくない。
「キッド。謝るな」
「ごめん。許してくれなんて言わないから……」
 違う。そんなことを言わせたいのではない。なあ、どうすればいいのだ? どうすれば、昔のような関係を取り戻せるのだ?
 誰も答えなど知らないだろう。誰も拙者の思いなど知らないだろう。それでも聞かずにはいられない。誰か答えを教えてくれ。できれば拙者を過去に戻してくれ。右目を失う前に戻してくれ。
 キッドを傷つけずにすむようにしてみせるから。そうすれば、キッドは拙者を見る。拙者に謝罪などしない。

 ああ、そうか。拙者に右目がないからか。

 だからキッドは拙者を見ないし、謝罪をする。
 右目が欲しい。キッドにくれてやったものだと思えば右目など惜しくもなかったが、昔通りになるには右目が必要だ。右目が欲しい。
 拙者は迷わなかった。
「マッ――!」
 キッドを地面に押さえつけ、その右目に爪をたてた。拙者は生身の生き物の目に爪をたてたことがないので、サイボーグの目が他と違うのかはわからない。ただ、キッドの目は硬かった。まるで石のような感触だった。そのおかげで、キッドの目は壊れなかった。
 拙者はキッドに痛い思いをさせないように、一気に目を引き抜いた。
「――――――――――っ!」
 声もならぬくらいの痛さだったのだろう。キッドは声にならぬ悲鳴をあげた。
 引き抜いた目にはいくつかの紐がついていた。けぇぶる……とでもいうやつだろうか。その紐も拙者は力任せに引きちぎる。すまぬキッド。すぐに終わらせる。だから我慢してくれ。
 右目を完全に引き抜かれ、キッドは右目があった場所を抑えて動かない。かすかにうめき声をあげているので、生きていることは間違いない。
 拙者はキッドの上から降りて、とうの昔にふさがってしまった傷を持っている武器で開いた。右目を手に入れても、右目を入れるところがなければ意味がない。
 痛みは感じなかった。ただ、早くいれなければと思った。
 軽く開いた傷口に、キッドの目を入れる。壊れるほど柔ではないとわかっていたが、キッドの一部だったものだ。そっと、壊れぬように扱った。
 拙者にとってはどんな秘宝よりも美しく、至高の目が拙者の中に入った。その瞬間、目についていた紐が動いた。
 紐が拙者の奥に入り、脳へと向かっていくのがわかる。自分の体の中に異物が入り込み、なおかつ蠢く感触はけっして気持ちのいいものとは言えず、吐き気をもよおした。
「どうした?!」
 右目を抑えながらも、キッドは拙者の心配をする。本当にいい弟分だ。
 大丈夫だと言いたかったのだが、拙者にはその余裕がなかった。
 脳に紐が絡み付く。痛い。痛い。痛い。
 焼けるような痛みなど目ではない。右目を失ったときの痛みなど、ほんの些細なものだ。痛い。痛いという感覚すらわからなくなるほどの痛み。
 その痛みが、不意に消えた。異物が蠢いていた感覚も消え、吐き気も治まった。
「……マ、マタタビ?」
 恐る恐る拙者を見るキッドが映った。両目に。
「見える」
 右目が見える。久々の感覚。何故か両目とも同じ視力になっているのが不思議だが、何にせよ、拙者は今両目でキッドを見ている。
 懐かしい感覚に、拙者は笑った。拙者に右目ができた。しかも見える。これでもうクロは拙者に罪悪感を感じることなどない。万事解決だ。
「本当か?!」
 キッドも笑う。これで拙者達の関係は元通りだ。
「ああ。すまなかったな。お主の右目……」
「明日剛にでも新しいのつけさせてやるから、大丈夫だ」
 これで昔と同じになれる。


END