雨の日のフジ井家は平和そのものであった。
サイボーグになったクロは防水加工をされていないため、錆びるのを嫌う。生身の体を持つマタタビはネコなので水気を嫌う。いつもならば面倒を持ってくる奴らも、雨のなかわざわざちょっかいをかけにくるほど奇特な奴ではない。
縁側には仲良し夫婦が作ったてるてる坊主が仲むつましく並んでいる。
静かな雨音が聞こえ、他の音は何も聞こえない。雨音を子守唄に、クロはゆっくりと目を閉じた。暖かい日の光も眠るのにはいいが、時には静かな雨音もいい。
マタタビはそんなクロの寝顔を愛おしげに眺める。
まだ幼さの残る寝顔を見ていると、普段あれだけ暴れているのが嘘のように思える。いつもマタタビがクロに暴れるなと怒鳴りつけるのは、家が壊されるからだけではない。いつかクロが大破してしまうのではないかと心配になるのだ。
一度、サイボーグ風邪にかかり、生死の境をさまよったことのあるクロ。それが余計にマタタビを心配させるのだ。
「あまり、無茶をするな」
優しく声をかけ、頭を撫でてやると、クロは嬉しそうな表情をした。
たまには雨もいいと思えた。晴ればかりの日々が続いていたのならば、こんなクロの表情は見ることができなかっただろう。可愛いなどと言えばクロは怒るだろう。だが、幼い表情は可愛いとしか言いようがない。
遠くの方の空が明るくなり始めているのを見て、マタタビはまた蒸し暑い日がくるのを感じた。
熱を持ちやすい鉄の体をしているうえに、真っ黒のきぐるみを着ているものだから、夏の日々はクロにとって過ごしにくい季節だ。オーバーヒートを起こしてしまったクロのため、マタタビが剛の研究所まで走って行ったこともある。
機械の体は不便だと思い、マタタビは薄く笑う。
雨音が小さくなっていくのを聞きながら、もうすぐ太陽の光りが見えるだろうというのをマタタビは肌で感じた。雲の隙間から差し込む光りで虹ができたらクロを叩き起こしてやろう。そんな作戦を密かに考える。
「……もうすぐ、虹がでるな」
目を閉じたままクロが言った。
「起きたのか」
「雨の音が小さくなってきたからな」
そう言ったクロは目を開け、ジーさん達がいないのを確認してから二本の足で立ち、背を伸ばす。
「虹がでるのか?」
マタタビには虹ができるのかもしれないという程度のことしかわからない。だが、幼いころから感覚が人一倍鋭かったクロならば、そういうこともわかるのかもしれない。
「わかる。綺麗な虹だ」
眩しげに目を細めるクロを見て、マタタビにはクロの目にはすでに虹が見えているのではないかと思った。そう思うと、クロが羨ましくて、クロにしか見えない風景を見てみたいと思った。
「早く、見えるといいな」
片目だけの世界だが、クロと同じ虹が見えればいい。
「お前、虹好きだっけ?」
虹が好きなわけではない。ただ、クロと同じ景色が見たいだけ。
「さあな」
クロが見る景色ならば、雨でも晴れでもいい。
「変な奴」
笑うクロの後ろで、綺麗な虹ができた。
END