盗賊ギルドで女の情報を買う。情報の相場など知らぬクロ達だが、その金があれば上級装備を一式買えるということは知っている。
「高くねぇか……?」
「あの女は謎が多いからなぁ。これでも、マタタビだからマケてるんだぜ?」
 情報提供者がニヤリと笑う。マタタビは目の前の男からの依頼を何度か受けているらしい。だからこそ、マタタビもこの男の元を訪れたのだろう。あの値段でオマケされていたのならば、通常の値段が計り知れない。
「なんだか、金銭感覚が麻痺しちゃいそう……」
 そう呟いたナナは間違っていない。
 あっさりととんでもない値段を告げた男もそうだが、その金額を小切手であっさり払ってしまうマタタビもすごい。
「よくそんな金あったな」
「盗賊ってのは、何かと金がいるからな」
 顔色一つ変えないマタタビだが、クロとナナからしてみればそれがまた信じられない。あれほどの金額を払っても平然としているということは、まだまだ金があるということだ。
「案外金持ちなんだな」
「少なくとも貴様よりはな」
 小馬鹿にしたような表情に、怒りを覚えたクロだったが、言い返すことができない。実際に、クロの収入はほとんどゼロと言ってよく、最低限の生活ができる程度の金しか持っていない。
「ねー。ミー君はどう思う?」
 特にリアクションを取ることのなかったミーへ話題を振ると、また金銭感覚を疑うような発言が返ってくる。
「あの数倍のお金を動かしたことがあるからねぇ」
 忘れていたが、ミーは王から直接仕事を与えられることもあるのだ。一国の財政を動かしたことがあっても不思議ではない。当然、収入は一般市民とは比べ物にならない。
「……ミー君ってセレブよね」
 まともな金銭感覚を潰されそうで、ナナは悲しくなった。
「おいおい。喧嘩はその辺にしてくれよ。オレも仕事があるんだからよ」
 営業妨害だと遠まわしに言われ、クロ達はその場を離れた。とりあえずは、男から買った情報の場所に行くことと決まった。
「そう遠くないな」
「これなら、往復しても三日くらいだね」
 時間がないというわけではないが、仲間を苦痛から助けてやりたいというのは当然の気持ち。早ければ早いほうがいいのだが、問題は女が素直にクロ達の欲している情報をくれるかどうかというところだ。運が悪ければ、情報を知らない可能性もある。
「善は急げ! 早く行こ!」
 先頭に立ち、ナナは進む。こういう時の、ナナの行動力には驚かされる。ダメだったらなど、彼女の中の選択肢にはない。あるのは助けるという絶対的な感情だけ。
「……そうだな」
 クロがナナに続く。
 その後ろにミーが。そしてマタタビが続く。一本の線のような様子を見て、四人が古くからの仲間であることを疑う者はいない。ほんの数日前まで一人は顔も知られず、そのまた数日前まではただの知りあい程度だったと誰が思うのだろうか。
「あたい、チエコちゃんの気持ちが分かるんだ」
 道中、ポツリと呟かれた言葉を、誰一人として聞き逃さなかった。
「二人がきたとき、あたいは王様に拾われたばっかりで、知ってる人なんていなかった。ううん。信用できる人なんて知らなかった」
 チエコとゴローの二人がきたとき、ナナはまだクロと会っていなかった。なので、そのころのことをクロが知っているはずもなく、黙ってナナの話に耳を傾ける。
「大切にしていた、ただ一人に裏切られたら、消されちゃったら、すごく痛いよ……」
 クロにも身に覚えのある話だった。
 ずっと仲間だと思っていた者達からの裏切り。一番の友を自らの手で傷つけてしまった。
「あたいはもう痛くないけど、チエコちゃんはまだ痛い思いをしてる。
 助けてあげたいよ。今度はみんなで笑いたいよ。ねぇ、助けてあげれるよね……?」
 振り向いたナナの瞳には涙が今にも零れ落ちそうなほど溜まっていた。
 優しい子だと、誰もが心の中で感じた。
 クロ達が何処かで落としてきてしまった感情を、ナナはまだ持っていた。
「――助けるんでしょ?」
「やるしかねぇんだ」
「必ずだ」
 三者三様の答えかたではあったが、意味することは一つ。
「ありがとう!」
 嬉しそうに笑い、瞳からは涙が零れた。それは悲しみのものではなく、未来にある喜びのためのものだと信じる。
「んじゃ、とっとと行くぞ」
「あ、待ってよー」
 涙を見ていると、どうしていいのかわからなくなったクロが走り出した。