クロは冷静に続ける。
「オイラの知ってるミー君は剛が間違ってたら、殴ってでも正しい道へ引っ張っていく奴だし。剛は馬鹿みたいに真っ直ぐでお人好しだ」
 大切なのは今であり、過去などどうでもいいとクロは笑う。
「ふ……ざけるなぁ!」
 途端に、4号が怒鳴り声をあげ、凄まじい勢いで突撃してきた。
 怒りで我を忘れた奴ほど戦いにくい者はいない。クロは予想できない4号の攻撃をかわすことしかできない。
「あの王は……オレ達を捨てたんだ!
 あいつは、ミーだけを選んだ!」
 悔しさのあまり歯を食いしばり、裏切られたという屈辱から瞳は燃えていた。
「ニャンニャンアーミーは五人だった。ミーもオレ達の仲間だったんだ」
 過去を思い出しながら4号は話す。
 そんなものは聞きたくないと思いつつも、4号を黙らせることができなかった。
「ずっと一緒にあの王に仕えていた。オレもその時は幸せだった。あの時はまだ王じゃなかったけど、あいつについて行けば幸せになれると……信じてたんだ!」
 怒りのあまり強くなった奴は隙も大きい。クロは4号の隙を見つけ、そこへ向けて剣を突き出した。
「――――ッガ!」
 クロの突き出した剣は4号の横腹を軽く抉った。
 軽くとはいえ、横腹を抉られた4号はすぐに攻撃をしかけてくることはなかった。
「…………どうでもいいんだよ」
 自分は過去のことを話すつもりはない。だからミーの過去を聞くのはフェアじゃないとクロは考えている。
「……火」
 ずっとクロを見ていたはずの目線が何処か遠くを見て呟いた。
 呟いた4号の顔が先ほどよりもわずかに明るくなっていることに気づいたクロは、最悪の事態でないことを願いつつ振り向いた。
 クロが見たのは、ミー達がいるであろう位置から上がっている火の手。
「火は、火は嫌だ!」
 突然叫び出した4号はまだ血の止まらぬ横腹を抑えながら火が上がっている方向へ走り出した。
「何でそっちに行くんだよ?! 火は……火は嫌なんだろうが!」
 火が嫌ならば逆の方向へ逃げればいいものの、4号は何故か火の方向へ走る。横腹から血を垂れ流している者とは思えぬほどの速さで。クロはそれに追いつこうと走るが、一向に距離は縮まらない。
「ミー君。ナナ…………」
 二人に何かあったのではないかと思う。
 何せ三対一といっても過言ではない状況だったのだ。
「2号! 3号! 5号!」
 火を目の前に4号が叫んだ。どうやら仲間を助けるためにこちらに走ってきたようだ。
「……よ……ん……」
「大丈夫か?!」
 倒れている三人に4号が慌てて近づく。
「……だ、い……じょうぶ……」
 三人は何とか立ちあがり、お互いを支えあった。
「今回は退く。またあったら容赦しない」
 倒れていた三人には特に目立った外傷はない。おそらく四人の中で一番重傷であろう4号がクロを睨みつけて言う。
「オイラでよければ相手してやるよ」
 倒れていたミーを支えながらクロがニヤリと笑う。
 4号はクロを一瞥すると、すぐに立ち去って行った。
「……何があったんだ?」
 どうにか火を消そうと、水の魔法を使い続けていたナナにクロが問いかける。
「わ、かんない……。急に火の手が…………」
 魔法を使い続けていたせいで、喋る力も残されていないのだろう。ナナの息は荒く、目は虚ろだ。
「わかった。もう火は放っておけ」
 ナナの手を取り、ミーの腕を肩に回し、クロは走った。
 動きにくいが、そんなことを言っている場合ではない。
「……ク、ロ」
 ミーがわずかに声を出した。
「黙ってろ。もうすぐ火が見えなくなる」
 それまではこうしていてもいいから。
 クロの優しさにミーは静かに目を閉じた。火は嫌いだ。火は怖い。
「ミー君。あたいも雪が怖いから……おあいこだね」
 ナナが励ますかのように言う。
 ありがとう。とミーは言いたかったが、口は動かなかった。
 脳裏に浮かぶのはあの火の記憶。



 ニャンニャンアーミーと共に傭兵をやっていた時代。
 五人はとある宿に泊まった。その宿には他に客はいなかったが、女将さんや親父さんはとても優しかった。幼少の頃親元から引き剥がされ、傭兵として生きてきたミー達にとって、その宿は暖かいものだった。
 だが、傭兵であるミー達には敵が多かった。
 日が沈み、誰もが寝静まった時間を見計らってミー達に恨みのあるものが宿に火をつけたのだ。
 一番にそのことに気づいたミーはニャンニャンアーミー達を叩き起こし、女将さんと親父さんを助けに行った。
「……女将、さん」
 女将さんと親父さんの部屋へ行くにつれて、火の勢いが増しているとは気づいていた。だが、その可能性をミーは打ち消していた。そんなことがあってはならないと。
 しかし、現実はそうはいかない。
 火の手は間違いなく親父さんと女将さんの部屋からあがっている。
「女将さーん!」
「親父さーん!」
 ミー達は叫んだ。しかし、当然返事は返ってこない。
 火の手は完全に宿を包み、ミー達は逃げることもできなくなっていた。
 ここで死ぬのなら、それもいいかもしれない。ミー達はそう考えた。この場所は、自分達にほんのわずかな時間とは言え、夢を見せてくれたのだ。
「……れ…………ない?!」
 五人が死を覚悟した時、一つの声がやってきた。
「誰か! 誰かいない?!」
 現れたのはまだ王でないころの剛だった。
 剛はミー達を見つけるや否や、手に持っていたバケツの水を五人にかけた。
「逃げるんだ!」
 ミーの手をとり、剛は駆けだした。時折後ろを見返し、五人全員がそろっているか確認することもわすれない。
 何とか宿の外に剛達が出た瞬間、タイミングよく宿が崩れた。
 あの宿の中にはあの人達がいる。そう思ったミー達はやるせない気持ちになったが、自分達がこうして生きていられることは純粋にうれしかった。
「君達大丈夫?」
 優しげな笑顔。自分の身もかえりみずミー達を助けてくれた剛に五人は惹かれた。
 その後、剛が人々が平和に暮らせる国を作りたいという夢を聞き、五人は剛についていくことに決めた。傭兵である自分達も、剛の作り出した国でなら、幸せに暮らせるかもしれないと思ったのだ。
 六人はずっと共に旅を続けた。時には辛いこともあった。時には悲しいこともあった。だが、六人は理想の国のためにも、足を止めることはなかった。
 しかし、それすら崩れる日がきてしまう。
「……剛君! 逃げるよ!!」
 大勢の盗賊に囲まれ、剛を守りながら戦うということができなくなってしまった。
 ミーは盗賊の相手をニャンニャンアーミー達に任せ、剛を連れて逃げた。
 無論、ある程度の時間が経ったらニャンニャンアーミー達も後を追うはずだったのだが、不運は続いた。盗賊とニャンニャンアーミーを暴風が襲ったのだ。おかげで盗賊達は退散したが、ニャンニャンアーミー達とミー達は合流することができなかった。それどころが、暴風の影響で木々が倒れ、お互いの生死すら確認できなかった。
 そのため、剛とミーはニャンニャンアーミー達を置いていくことしかできなかった。ずっと、ずっと、何日もの間、ニャンニャンアーミーが待っていたとは知らず。


to be……