クロがまだキッドと呼ばれていたころの話。
 キッドはとある盗賊団のボスに拾われた孤児だった。兄貴分とも言える仲間に囲まれて、それなりに充実した日々を過ごしていた。
「キッド! 今回はすごいぞ!」
 仲間の中でも、キッドが一番心を許していたのは、キッドが盗賊団に入ることになった一番の功労者でもあるマタタビだった。
 黒い髪に黒い瞳を持つキッドとは違い、マタタビは黄色い髪に赤い瞳を持っており、見る者を明るくさせた。
「オイラ達ならどんな任務も簡単だろ?」
「そうだな!」
 本当の兄弟のように仲がよく、盗賊団の中でも有名なコンビだった。
 マタタビは手先が器用で、どんな鍵も一瞬で開けることができたし、キッドの方は百発百中とも言える銃の命中率を誇っていた。まだ幼い子供だというのに、その実力だけはそこいらの大人には負けないほどのもの。
 ただ、やはり子供なので、その力を悪戯に使うことも度々あった。その度に二人はボスにこってり絞られることになる。
 二人は一生そんな生活が続くものだと信じていた。
「ボス……。また奴らが…………」
 ボスの側近が耳もとで囁く。だが、耳もとで囁く必要などない。誰もが話の内容を知っていた。
「またか……」
「だが、ここ以外にいくところなんて……」
 盗賊団がアジトに使っていた土地が悪徳業者に買い取られてしまったのだ。キッドがいた盗賊団は、孤児や社会不適合者が集まっただけのような盗賊団だったので、仕事の割りに人数が多く、金はあまっていない。
 どうにか交渉を続けていたのだが、それもそろそろ潮時だった。
「何……? それは本当か?」
 衝撃的なことでも伝えられたのか、ボスは声を少し大きくし、キッドを見た。
「……オイラに、何か関係あるのか?」
 キッドは仲間達が好きだった。だから、自分に何かできるのならばしたいとも考えていた。
「ああ。あちらさんは、お前が欲しいらしい」
 予想外の言葉だった。
「何で……?」
 キッドは向こうの者に会ったこともない。要求される意味がわからない。
「ここに来る前のお前を知っているらしい。そのころから目をつけていたと言っていた。
 最近では、お前の銃の命中率に高い評価をしているらしい」
 ボスの代わりに側近が答える。
 つまりは、護衛かスナイパーとしてキッドが欲しいと言っている。
 クロは頷くことができなかった。この盗賊団にいれないのならば、銃を握る意味が持てない。仲間と共にいるためだけに握ってきた銃なのだ。
「返事は一週間後。それまでゆっくり考えろ」
 その日、盗賊団は三つに対立することになった。
 一つはキッド達の親代わりとも言えるグレー率いる、キッドを守ろうとするもの。ここにマタタビも入っていた。
 もう一つはボスの弟、ドッチ率いる、キッドを渡し、盗賊団を存続させようとするもの。
 そして、そのどちらにも賛成せず、キッドの意思に全て任せようとするもの。
 家族のような雰囲気だった盗賊団は変わってしまった。それが自分のせいだと感じ、キッドは落ち込んだ。始めに聞かれたときに二つ返事で受け入れていれば、こんなことにはならなかったはず。
 そんな思いを抱きながらも、キッドは行くと言えなかった。それだけの決心をすることができなかった。
 盗賊団は険悪な雰囲気を抱えたまま、一週間を過ごした。
「言おう」
 マタタビに行くと言えれば、後は簡単に言える気がした。決心が鈍る前にと、急いでマタタビのもとへ行こうとしたキッドの後頭部を、誰かが強打した。
 視界は一瞬で暗闇に変わり、キッドが目覚めたとき、そこには悪徳業者の仲間だと思われる奴らが目の前にいた。
「起きたようだな。キッド」
 血の匂いをまとった男はキッドの腕を掴み、宙ぶらりんにさせる。
 何が起きたのかわからなくて、キッドが辺りを見回すと、そこにはドッチ達がいた。それだけでよかった。それだけで全てを理解した。
「売られたのか……」
 自ら進んで行くのと、無理矢理渡されるのでは気持ちがまったく違う。キッドの心には、仲間に裏切られたという事実が深く突き刺さった。
「嫌だ……。嫌だっ!」
 マタタビに何も言えていない。さよならの言葉すら言えていない。キッドは精一杯暴れ、男の梗塞から抜け出そうと足掻く。
「疫病神め。どこまで世話を焼かせれば気がすむんだよ!」
 苛立った声を上げたのは、仲間だと信じていたドッチだった。
「――――え?」
 キッドは一瞬、暴れるのをやめた。
「お前がハッキリしねぇから、みんなバラバラになった」
「調子に乗って、仲間の金を使ったこともあったな」
「お前はオレらの仲間なんかじゃねーよ」
 絶望を叩きつけられた。
「全部キッドに押し付けるなっ!」
 絶望の中、一筋の光りがさした。
 キッドの不在に気づいたマタタビが、探しにきてくれたのだ。
「お前ら、仲間を売るなんて、よくできたな!」
「これが一番いいんだ!」
 マタタビとドッチの口論に男が気を取られている間に、キッドは男の梗塞から抜け出した。
「キッド! これを使え!」
 マタタビが投げ渡したのは小振りのナイフだった。それを受け取ったキッドはすばやく男に向きなおる。男は銃を構え、キッドとの距離を保とうとするが、キッドは上手く銃弾を避け、間をつめていく。
 一瞬、男に隙ができた。
 キッドはそこを見逃さず、ナイフを男の顔に突きたてようと腕を振り上げた。
 その瞬間の男の表情を、キッドは一生忘れることができない。
「かかったな」
 男は笑い、素早くキッドの攻撃を避ける。ナイフの先には、マタタビがいた。
 何かを感じる暇もなくナイフはマタタビの右目に突き刺さった。
「あ、ああ……。あああああああああああっ!」
 マタタビの叫び声が広がり、キッドは呆然とその姿を見ていた。
 痛みのあまり、狂ったかのように動き回ったマタタビは足を踏み外し、連日の雨でかさが増している川へ落ちた。
 そこからは流れるかのように事態は変わった。キッドは男から銃を奪い、その場にいた者を皆殺しにしてアジトへ戻った。しかし、そこには誰もおらず、激戦があった跡だけが残っていた。
 仲間は消え、最も慕っていた者は自分の手で殺した。キッドは何も考えられなくなり、その場を逃げるかのように離れた。