いつも通り桜町は快晴。ジーさんバーさんがいないフジイ家ではやはりいつも通り、クロが昼寝をし、マタタビが家の修理をしていた。
「よー」
それなのに、平和でいつも通りの日常を壊す者がやってきた。平和を壊す者。ミーは何の断りもなく堂々と庭に侵入してくる。
「何だよ」
ミーや剛が来ると、いつもろくなことがないのでクロは当然のごとく冷たい言い方をした。言葉も冷たいが、それ以上にクロの目は冷たくミーを見ている。
「いやー。今日、みんなでパーティーしよって話しになってさ」
クロと違い、ミーは表情が変化するということはないが声に感情が出やすいので、今も楽しそうなのがよくわかる。
「で?」
パーティを開くというのはわかった。だが、それだけのことを伝えにやってきたようには見えない。もっと別の、そう、クロが嫌う面倒なことをミーは言うためここにきたように見える。
「それでさ――」
「嫌だ」
先ほどはミーの言葉を促したクロだったが、今度は言葉を遮った。どうも嫌な予感しかしない。
「何でだよ! まだ何も言ってないだろ!」
途中で遮られ、ミーは不満気な声をもらすが、クロは耳を塞いで何も聞きたくないことを示した。
「キッド。友達が困ってるだろ」
耳を塞いでいたクロの手をマタタビが取った。
マタタビが近づいてきていたことに気づかなかったクロは少し驚いたような表情を見せたが、すぐに眉間に皺を寄せた。
いつまでも兄貴分でいるマタタビがクロは憎たらしかった。だが、それと同時にクロはいつまでもマタタビの弟分でありたいと思う自分がいることも知っていた。
「……じゃあお前もこいよ」
そう言うと、クロは素早くマタタビの腕を取り歩きだした。ミーの話しの続きは歩きながらでも聞けばいい。
「待てっ! 修理がまだ途中――」
「黙れ」
騒ぐマタタビを無視して、クロは先ほどの話しの続きをミーに尋ねた。
「だから、パーティの料理をボクが作ることになって、みんなが材料を持ってきてくれたんだけど……」
言いにくそうに口ごもるミーを見てクロは首を傾げた。材料があるのならば、特に気にすることも困ることもないはずだ。
「……ボク一人じゃ作りきれなくて……」
恥ずかしそうにそう言うミーにクロは脱力した。
「それだけのことかよ……」
思ったよりは面倒じゃないことだったとはいえ、たったそれだけのことなのにあれほどまで言いにくそうにするミーのことがよくわからない。
「何だよ! ボクにしたら大問題なんだからな!」
ミーの料理に対する思いは誰にも理解できない。よくわからないプライドもあるようなので、クロはもうそこには触れないことにした。触らぬ神になんとやらだ。
「わかった。わかった」
などとミーをなだめている間に三匹はミーと剛の家についた。
家の前にはいつもとは違い、大量の食料が出されていた。まるで小さな山だ。
「…………どっから持ってきたんだ」
あまりの量に呟くクロはマタタビが材料を食べてしまわないようにしっかりと首根っこを掴んでいた。クロがその手を放せばたちまちこの材料は消えてしまうだろう。
「じゃあ、クロはこの野菜の皮むき。マタタビ君はこのお肉を炒めてね」
クロにザルいっぱいの野菜を、マタタビにパック詰めの肉を渡してミーは家の中に消えて行った。
「ちょっ! ミー君は何するんだよ?!」
家の中のミーに問いかけると、ミーは軽く返事をした。
「ボクはメインを作るから〜!」
一体なんのパーティーか知らないクロにはメインが何なのかもさっぱりだった。
「……やるか。おいマタタビ、肉を炒めるんだからな。喰うなよ?」
念のためマタタビに釘を刺して、クロは外に放置されていた包丁を手にとった。
「あっ! クロ待って! これつけて。これ」
突然家の中から出てきたミーが手に持っているのはミーと色違いのエプロンが二つ。片方は黒で、もう片方は赤かった。
「黒いのがクロので、赤いのがマタタビ君のだから」
それだけ言うと、ミーは再び家の中に戻って行った。
「…………」
こんなものをつけたくないとクロは思ったが、万が一にでもぬいぐるみが汚れてしまっては大変だという思いもある。ちらりと横のマタタビを見てみると、そこにはすでにエプロンを着用したマタタビがいた。
普段から赤いマントをつけているためか、マタタビのエプロン姿に違和感はない。
「どうしたキッド? まさかエプロンがつけられないなどとは言わんだろうな?」
疑わしげな目を向けられ、クロはエプロンをつけて見せようとした。
「……情けない奴め……」
ため息を一つついたマタタビの目の前には後ろのリボンが結べないクロの姿がある。何度やっても上手く結べないのだ。
「貸してみろ。拙者がやってやる」
クロの手からリボンを奪い取り、ちょいちょいっとリボンを結んでやる。多少気恥ずかしい思いはあったが、クロはされるがままになっていた。
「まったく……。貴様は礼も言えんのか?」
「……サンキュ」
リボンを結び終えたマタタビに言われてしまい、顔を赤らめながらもクロは礼を言った。
二人はぎこちなくその場を離れ、互いに己の作業を始めた。
マタタビがフライパンを探しだして、温めている間にクロは皮剥きを始めた。
「……難しいな」
普段、自分の体などのメンテをしているクロだが、基本的には大雑把なので、皮剥きなどの細かい仕事は向かないのだ。
皮を剥けば同時に実も向けていく。どんどん野菜は小さくなっていった。
「……え、何それ」
いつ間にかクロの後ろに立っていたミーが思わずもらした。
あまりにも小さくなってしまったそれはもはや料理の材料として使うことはできないだろう。
「ん?」
このまま捨てるのはもったいないので、どうにか使うことはできないだろうかと頭を悩ませていたミーの鼻に焦げ臭い匂いがただよってきた。
「マタタビ君! 火! 火っ!」
見ればフライパンから盛大に炎の柱を立たせているマタタビがいた。炎を作り出した本人は呆然と柱を見ているだけで、どうしようもできずにいた。
慌てたミーは近くにあったものを蓋代わりに、フライパンへ酸素がいかないようにした。
「……ボクが一人でやったほうがよかったかも」
今さらながらミーが呟いた。
確かに時間はかかったかもしれないが、材料を無駄にするようなことは自分ならしなかった。絶対。
「でも今から始めるのは時間的に無理だしなぁ……」
腕を組んで考え始めたミーの肩をクロが叩いた。
「よぉミー君。オイラの考え、聞いてみるか?」
そこにはいつも通りのやらしい笑みがあった。
一番始めにやってきたのは鈴木とめぐみであった。
それからも続々といつものメンバーが集まってきた。鈴木、めぐみに始まり、コタローやナナはもちろんのこと、ロミオとジュリエット。チエコやゴローもやってきた。
「やあ。座って。座って」
集合してきたメンバーは一つの大きな鍋を囲む形で用意された椅子に座った。
すでに鍋の蓋の向こうからいい匂いが漂ってきており、メンバーのお腹を鳴らさせた。
「お鍋ですかー。いいですね」
鈴木の言葉と同時にミーが蓋を開けた。
蓋を閉じていたときとは比べ物にならないほどの香りがあたりに漂った。
「はいみんなー。せーの」
ミーが合図する。
「いただきまーす」
全員が一斉に言い、箸を鍋に運んだ。
「あっ。美味しい」
「さっすがミー君」
などと、皆が賞賛の言葉を投げたが、ミーは不満そうな雰囲気を漂わせていた。
「あーもう! そんな野菜ばっかり食べちゃだめ!」
とうとう思いが爆発したのか、先ほどから肉ばかり食べていたゴローにミーが詰め寄った。
「はい! 野菜も食べる!」
「え……お、おう」
戸惑いつつも、ミーの気迫に押され、頷くゴロー。それを見た面々は一斉に野菜を取り始めた。ミーが鍋奉行なのは火を見るよりもあきらかである。
「はい剛くん」
ただし、剛にはその法則が当てはまらないのか、たんまり肉を盛った器を差し出している。
あまりにも理不尽な対応だが、料理人と化しているミーに逆らえる者など誰もいなかった。
「あ、ミー君。アレは?」
めぐみが冷汗をかきながらミーに聞く。
「え……あっ! そうだね! 今持ってくる!」
何か思い出したのか、ミーは家の中へ入って行った。そういえば、メインを作るとか言って家の中で何か作っていたなとクロとマタタビは思ってた。いったいメインとは何なのだろうか。
戻ってきたミーの手には特大のケーキがあった。
「はい。どーぞ!」
ケーキにはお約束通り、ロウソクが立っていた。ただし、一本だけ。
「何だ? 今日は誰かの誕生日か?」
誕生日にしては様子がおかしい。この場に一歳になる者はいないはずだ。
クスクス周りが笑い始めた。状況を理解していないのはクロとマタタビの二匹だけである。
「クーロっ! 今日は、お前がサイボーグになってちょうど一年目なんだよ」
もしもミーに表情というものがあれば、間違いなく満面の笑みだろう。ミーの口調からは楽しみと喜びが溢れていた。
「……オイラ?」
クロは生まれてこのかた誕生日を祝ってもらったことがなかった。気づけば親がいなかったため、いつ生まれたのか一切わかっていないのだ。しかしそれは仲間達も同じで、クロは生まれて始めて誕生日を祝うのを見ることになる。それも自分の。
「クロちゃん! ふーってしてよ。ふーって!」
コタローが火を吹き消す動作をしてみせる。
「…………しかたねーな」
照れくさそうに、だが嬉しそうにクロはケーキの目の前に立ち、息を吹きかけた。
「ハッピーバースデークロ!!」
周りの者達から祝われ、クロは何とも言えない表情になった。照れくさい。が、とても幸せな気持ちでいっぱいになった。
END