驚くようなできごとは、いつも突然にやってくる。
「ボク、アフリカに行きたいんだ」
汚いゴミの山の中でコタローは目を輝かせていた。隣にいるライオンはそんな彼を心配そうに見ている。同じようにミーも心配そうな目を向け、剛は困ったような顔をしていた。そして、コタローにこの言葉を向けられた本人はあきれた顔をしていた。
「今回は何があったんだよ」
とりあえず話を聞いてみようと、クロは問いかける。対するコタローは相変わらず目を輝かせて答えた。
「世界を見てみたいんだ」
みんなの手助けができる研究家になるためにも、広い世界を見たいと思った。せっかくなので、初めての国はダンクのいたアフリカにしたいらしい。何故それをクロに報告してきたのかといえば、一人で行くにはあまりにも心細いので、ついてきてほしいらしい。
「ヤダ」
「えーなんで」
そっぽを向いて帰ろうとするクロの腕を引っ張る。
行ったら嫌だとワガママをわめく姿はただの子供だ。
「一緒にフィナーレを見てくれるんじゃないの?」
「おめーなら遠い場所で終わるってことはないだろ。行ってこいよ」
格好いいことを言っているように見えなくもないが、その瞳は面倒くさいという感情を隠そうともしていない。適当にあしらわれているコタローは頬を膨らませる。
世界の何がコタローの敵になろうとも、クロだけは隣にいてくれると信じ切っていた。自分勝手だとわからないでもなかったが、それでも裏切られたような気分でひどく不快だった。
何か言いようのないものが溢れ、クロが次の言葉を紡ぐ前にその手を離した。
「おい……コタロー?」
突然の行動にクロが驚く。
見ていた三人も驚いて目を見開いた。コタローがクロのことを尊敬しているというのは誰もが知っている。だからこそコタローの行動が理解できなかった。
「もういいよっ!」
「あ、おい待てよ」
クロが伸ばした手をするりと抜け、コタローはどこかへ歩いていく。怒らせたということはクロにもわかった。怒りで頭がいっぱいなコタローの後をダンクが追う。残されたものはそれをただ見ていることしかできない。
「……やーい」
「んだよ」
「泣かせたー」
やーいやーいと囃したてる二人にガトリングの弾をありったけ叩き込む。硝煙の臭いがあたりに広がるが、気にする者などいないので問題ない。
「冗談は置いといてさ」
「冗談も空気を読めよ」
ミーがクロの隣に立ち、コタローが去って行った方を見る。
向こう側にも相変わらずゴミが続いている。今さらゴミが崩れることもないだろうし、ここを庭のようにしているコタローがそれに巻き込まれるとも思えない。
「コタロー君はクロが大好きだから、一緒にいてほしかったんだよ」
「なんでオイラが付き合ってやらなくちゃいけねーんだよ」
「もっと言い方があるでしょって言ってるの」
クロは鼻を鳴らす。
どのような理由があるにせよ、怒らせたのは自分だ。ならばそのケツを拭くのもまた自分だろう。誰かに任せるというのはどうにも性に合わない。
しかたない、とため息をついて走りだす。
残念なことに、クロはこの辺りについて詳しくはなかった。コタローがどの辺りにいるかなどわかるはずもない。しらみつぶしに探して行くと、不満を漏らす声が聞こえてきた。ようやく見つけたと声のする方向へと向かう。
「クロちゃんの馬鹿」
「誰が馬鹿だ。このお騒がせ小僧」
軽く頭を小突いてやると、コタローが目を丸くしてクロを映す。
「クロちゃん……」
「……おめーの父ちゃんもでっかい男だったよな」
クロはコタローの父とまともに話したことがない。でも、剛やコタローから少し聞いていた。大きな夢を持っていた。その血をコタローは確かに受け継いでいる。初めのころはそれを嫌がっていたコタローだが、今ではしっかりと受け止めているようだ。
「なあコタロー」
優しい風が二人の間を抜ける。
「お前にとっての『みんな』はどこまでいるんだ」
「え?」
クロにとって、世界は目に見える範囲だけだ。
人間だとか猫だとかいう問題もあるのかもしれないが、おそらくはクロの性格だろう。
「お前の言う『みんな』が世界中の人ならそれでいいんじゃねーか。
それでいいと思うぜ。でもな、今はまだ世界を見るなんて時期じゃねーだろ」
ミーが心配する。剛も心配しているし、鈴木やチエコも心配するだろう。それほどまでにコタローは幼い。危なっかしいとも感じるし、頼りないとも感じる。コタローの実力を疑っているわけではないのだが、こればかりはしかたがないことだろう。
「後な、オイラはちゃーんと見ててやるから」
出会ったときと同じ笑みだった。
「安心して進んどけ」
フィナーレは一緒に見てやると言ってくれた。本当にコタローがどうしようもできなくなれば助けてやると示してくれる。
「絶対、だよ」
「おう」
急ぎすぎるのもよくないと思わされた。
思えば、コタローはいつも決定を急ぎすぎるのだ。止めるのはシスカやクロだ。だから早く大人になりたいとまた急いでしまう。彼らに釣り合うだけの人間になりたいと願う。
「コタロー」
気づけばクロは少し離れたところにいた。
「早く帰ってミー君の飯でも食おうぜ」
「うん!」
ゴミの中から抜け、コタローはクロの後を追う。
小さなその背中を大きく感じた。
END