一歩退けば、一歩踏み込まれる。
 一歩踏み込めば、切りかかられる。
 方やガトリングと剣を持つ機械仕掛けの猫。
 方やブーメランと爆弾を使う化け猫。
「どーしたよ? 息が切れてんぞ」
「っは……。拙者は生身の体なもんでね」
 距離を開けて、軽口を叩きあう。
 二匹は同時に地面を蹴り、距離を一気につめる。瞬間、辺りに鈍い音が響く。
「っち!」
 舌打ちをしたのはクロの方だ。その手の中に剣はない。
 四次元空間となっているとしか考えられないマントの中から、新たな武器を取り出していたのだ。昔から器用だったマタタビにとって、一度に複数の武器を扱うことは、難しいことではない。
 クロの持っている武器はガトリングだけになってしまった。いや、まだミサイルもあれば、生身の時代から付き合っている爪も、拳もある。
「行くぞ!」
 ガトリングをメイン武器にせざるえないクロにとって、接近戦は不利だ。
 ミサイルでは自分も巻き込まれるし、拳や爪を使うにはガトリングが邪魔だった。
 できるだけマタタビを近づけさせないようにガトリングを撃つ。だが、それで牽制できるほどマタタビは臆病ではない。
 銃弾の雨をすりぬけ、時には血を流しながらもマタタビは退かなかった。真っ直ぐにクロの目を見つめて距離をつめてくる。このままでは、マタタビの武器によって、首と胴体がさよならをするハメになるだろう。
 クロはガトリングを捨てた。
 使えない物は捨てる。最終的に、頼りになるのは自分の体だけなのだ。
「マタタビィィ!」
「キッドォォォ!」
 武器を手に向かってくるマタタビと、それに拳を打ち込もうとするクロ。第三者から見れば、明らかにクロの方が不利。この勝負はマタタビの勝ちで終わるだろうと思われる。
 クロは死を覚悟して拳を握っていた。
 しかし、拳がマタタビに届く寸前。マタタビの武器がクロの胸を貫く寸前。思い出す。

 機械仕掛けの体は、こんなことでは死なない。

 前提が間違っていた。
 この勝負の決着を、生死で決めるとするならば、始めからクロが勝つことは決まっていた。
 武器も、戦略も関係ない。
 生身の体を持つマタタビは簡単に死んでしまい、機械の体を持つクロは死ぬことはない。
 拳が生身の体にめり込み、ブーメランがクロの体を貫いた。
「っぐぅ」
 拳によって後ろへ飛ばされたが、マタタビはブーメランを離さなかった。そのため、一度貫かれ、すぐに抜かれたクロの胸は、配線が飛び出し、何ともえげつない姿となっている。
 電気の音が二匹の耳に届く。
 クロは自分の拳をちらりと見た。先ほどの感覚からして、間違いなく骨を折っただろう。
 それでもマタタビがまだ向かってくることはわかっていたので、はじかれた剣を拾う。
「まだだ」
「ああ」
 再び視線を交差させ、お互いに構える。
 地を蹴る音と、金属同士がぶつかりあう音。骨がきしむ音と、血が流れる音。
 マタタビの体からだけ聞こえる音が増えていく。
「どうして」
 小さく呟いたのはどちらだったのだろうか。
「こんなことに」
 それを知る必要はない。
「なったんだろうなぁ」
 二匹はお互いに戦いに燃える瞳に、涙を溜めていた。
 その涙が流れることはない。


END