最近になって新しくクロ達の仲間になったサイボーグ。トキマツの趣味は空中散歩。
「……ん? あれは……」
優雅に空を飛んでいたトキマツの目に映ったのは一人テクテク歩いているクロであった。
クロはトキマツのお気に入りと言っても過言ではない。トキマツは光る物と同じくらい強い奴が好きなのだ。マタタビやミーも確かに強いのだが、何故かトキマツはクロに惹かれた。
クロには何か秘められた輝きがあるように感じた。単細胞な性格をしているように見えるのに、クロの瞳はいつでもクールだった。それはトキマツにはない強さ。
「せっかくだから遊ぼっと!」
最高の玩具を見つけたトキマツはそのまま急降下していった。空を飛ぶことは自分にだけ許された特権。自分だけの特権を生かさないのは愚かだ。
「クーローっ!」
だがせっかくの特権も、声をかけながらでは威力が半減してしまう。
予想通り、トキマツの声に反応したクロはガトリングを取り出しトキマツへ向けた。
「またてめーか!」
「っと、危ない」
クロのガトリングから発射される銃弾を軽く避けたトキマツは自分が声をかけたため、ガトリングを向けられたことに気づいていない。クロやマタタビと同等の力を持っているとはいえ、まだまだお子様なのだ。
「なぁ。遊ぼ!」
空中にとどまったままトキマツが提案する。
無邪気なトキマツの表情を見てクロはガトリングを降ろした。敵意はないとみなしたのだ。
「……マタタビのとこにでも行けばいいだろ」
にこやかなトキマツとは正反対に、クロは不機嫌な表情で返す。それがトキマツには腹ただしかった。
どうして笑って『うん』と言ってくれないのだろうか。どうして否定するのだろうか。子供じみたわがままな考えがトキマツの頭を巡る。
「いいじゃん! オレはクロと遊びたいの!」
頬を膨らませてトキマツが反論するが、クロはスタスタと先に進んでしまう。
「なんで。何で無視するんだよ! いつも、いつも、いつも!」
今にも泣きそうな声を出してトキマツはクロに言う。
いつもいつもトキマツは無視された。時折町中で会っても、見て見ぬふり。買い物籠を奪ったりしないとこちらに意識を向けてくれない。自分はこんなにもクロを見てるのにクロは見返してくれない。それがトキマツには不満だった。
「なんだよ……。オレがそんなに嫌いかよ!」
とうとうトキマツは涙を流した。一度流れ出した涙はとめどなく溢れ出て、トキマツの頬を濡らした。
「オイラはカラスが大っ嫌いなんだよ」
クロはハッキリ、拒絶するように言い捨てた。
「だから。もうオイラにかまうな」
クロは一度も振り向かなかった。泣いているトキマツを見ず、どこか遠くの光景を見ていた。
結局、クロは一度も自分を見ていなかったのだとトキマツは思い知った。いつもクロは自分ではなく、自分を通して何かを、誰かを見ていたのだ。
だから余計にトキマツは泣けてきた。
ボロボロとみっともないくらい泣いて、泣いて、涙を拭った赤い目でマタタビのもとまで飛んだ。
悲しみから、悔しさから、解きはなって欲しかった。
「兄貴ぃ……」
己の手の長さよりも明らかに長い服の袖で目をこすりながらマタタビのもとに降りたったトキマツを見たマタタビは驚いた。
いつも元気すぎるくらいのトキマツがこれほどまで涙を流すとは思っていなかった。
「ど、どうしたのだ……?」
幼いクロが泣いたとき自分はどうしたのかと、己に問いかけながらマタタビはトキマツに声をかけた。
「クロが……クロがぁ……!!」
泣いている理由を言おうとして、収まりかけていた感情がぶり返したのかトキマツは再び涙を流した。
「お、落ち着け! な? 落ち着いて話せ」
自分よりも小さなトキマツをマタタビはそっと抱いてやった。幼いクロにやってやったように。
「うん……」
生身の暖かさに触れて落ち着いたのか、トキマツの涙は徐々に静まっていった。
「……オレ、クロのこと気に入ってるんだ。強いし、面白いし」
マタタビに抱かれた状態のままトキマツが言う。
「なのに、クロはカラスが嫌いだって言うんだ。クロは……クロはオレのことなんか欠片もみちゃいなかったんだ……!」
悲しみよりも悔しさの方がほんの少し勝った声をトキマツはしぼり出した。
一方、マタタビの方はクロの気持ちも何となくではあるがわかっていた。カラスは自分達を楽園から追い出した張本人達だ。好きになる方が難しいだろう。
「トキマツ。よかったではないか」
トキマツを抱き締めたままマタタビは言った。
「え?」
何がよかったのだろうかと、トキマツはマタタビの腕から抜け出し、マタタビの顔を見た。その顔は確かによかったことを言っているように見える。
「キッドは『カラス』が嫌いだと言ったのだろ?」
「うん……」
「なら、貴様『トキマツ』自身が嫌いなわけではないはずだ」
始め、トキマツはマタタビの言っている意味がよくわからなかった。だが、ゆっくりと頭の中を整理していくとだんだんマタタビの言いたいことがわかってきた。
「……あっ。そっか。そっか!」
途端に元気を取り戻したトキマツは庭をかけ回った。
「そっか。オレは嫌われてないのか」
嬉しそうに頬を緩めるトキマツは純粋に喜んでいた。少なくとも自分は嫌われていない。もしかしたら、少しぐらいは自分を見てくれるかもしれない。
「なあ兄貴。どうやったらクロはオレを見るかな?!」
トキマツはマタタビに聞く。クロのことならばマタタビに聞くのが一番だとトキマツはよく知っているのだ。
「あ? う〜ん……」
それは難しい質問であった。クロは過去を恐れている。カラスもその一つだ。
だが、それと同時にクロは仲間を嫌うことはしない。トキマツのこともおそらく見ようとしている。それでも見ることができずにいる。
「今まで通りで、いいんじゃないか?」
マタタビが出した結論。
「……本当?」
トキマツは不安げにマタタビを見る。
今のままで本当にクロは自分を見るだろうか。
「今はまだ、心の整理ができてないだけだ。もう少し、もう少し待ってやれないか?」
幼い子をなだめるようにマタタビは優しく言う。マタタビの優しい口調にトキマツは少し考えて、笑った。
「待てる! オレは待てるぞ! クロの心のせーりができるまでオレが待ってやる!」
幼い故に無邪気。トキマツはクロを待つと言った。それがどれだけ長い時間になるのかもわからず。
「兄貴。今日はありがとな」
トキマツはオレンジ色に染まりだした太陽を見て空を飛んだ。そろそろ帰らねば暗くなって空を飛べなくなってしまう。
「それとさ、クロの心のせーりができたら教えてくれよな!」
それだけ言うとトキマツは家へと戻って行った。マタタビの返事など聞かずともわかっているのだろうか。
「…………だとよ。キッド」
トキマツの影が見えなくなるまで空を見ていたマタタビがじっと隠れていた影に話しかけた。
「……知ってたのか」
「当たり前だろ」
物影から出てきたのは他ならぬクロであった。
「一から十まで盗み聞きとは中々の根性だな」
明らかな皮肉を言ってのけるマタタビにイラッときたのか、クロは軽くマタタビを小突いた。
「うるせぇ。あんなシーンにのこのこ出ていけるかっつーの」
トキマツはクロのことで泣いており、マタタビはそのトキマツをなぐさめている。そんな場面にクロが出ていけるはずがない。
その上、マタタビの台詞を聞いてしまっては余計に出ていきずらくなってしまった。
「別に、オイラは心の整理ができてねぇわけじゃねーよ」
「ほぉ? では何故トキマツをああ邪険に扱うのだ?」
マタタビがあまりにも早くクロの言葉を返すので、クロは思わず言葉に詰まってしまった。
「……生意気だからだよ」
「………………ガキか貴様は」
脳内に出てきたたった一つの言葉をクロが言えば、マタタビは盛大にため息をついた。
END