ちっと遠出して、家を建てにきた。別におかしいことはねぇ。家を建ててくれと頼まれればどこへだって行く。
「…………」
 遠出した先で、あの姿を見るとは……さすがに思っちゃいなかったが。
「キッド!! 貴様は何回言っても、何回言っても――」
「あーうるせぇ。別にオイラだって好きで壊してるわけじゃねーよ」
 そんな言い合いをしながら、トラ猫は家を建て、黒猫はそんな様子を楽しげに見ていた。ちょいとワケあって、わしはあのトラ猫のことを知っている。
 見つけることができたんだな。おめでとう。
 トラ八が『キッド』と呼んでいたあの黒猫。アレがずっと探し続けていたオス猫か。
 右目を取られたことは許せねぇ。だが、それにまつわる事件で一番傷ついたのはキッドのはずだ。そう言っていた。あのころ、あいつの目にはいつも迷いがあった。許せねぇ。でも、助けてやりてぇ。
 だから、当事者じゃあわからねぇことを、第三者であるわしが言ってやったのさ。
 右目を取られてもしぶとく生き延びて、猫にとっちゃ長い月日をキッドを探すためだけに費やし、相手のことをちゃんと考えてやれる。そんな奴の仲間が、許しを乞うはずがねぇだろ。
 許さず、しかし憎まず。ただ、もう大丈夫なのだと教えてやれる距離にいてやるのが一番いい。
「しゃーねぇな。手伝ってやるよ」
「当然だ!」
 どうやら、あいつはそれができたらしい。
 ま、一時とはいえ、わしの弟子をしてた猫だ。心配はしてなかったけどな。
「なあ、マタタビ」
 おお。そうだった。トラ八は、マタタビという名だったな。
「――なんでもねぇ」
 そう言うと、キッドはさりげなくトラ八の右側の作業に取りかかった。
 何だ。いいコンビじゃねぇか。右の視界が制限されているあいつのために、さりげなく右側を受け持ってやるなんて、兄貴分冥利につきるじゃねぇか。
「キッド、それ取れ」
「命令すんじゃねーよ」
 釘を渡す。数種類ある釘の中でも、的確な釘を選び、渡している。なんっつーか、あれだな。熟年夫婦。意思の疎通が半端ねぇ。
 だが、本当に楽しそうでよかった。誰かと楽しげに家を建てるトラ八なんて、始めて見るからな。
「棟梁? どうしたんですか?」
 新しくできた弟子が駆け寄ってくる。
「おう。今行く」
 ふと見ると、トラ八が驚いた顔でこっちを見ていた。キッドはこっちに気づいてねぇ。
 良かったな。おめでとう。これからは仲良くしろよ。そんな感情を全部つめこんで、手を振ってやる。声をかける必要なんてねぇ。あいつらは過去に生きるよりも、明日に生きるほうが似合ってるしな。
「とっとと完成させるぞ」
 ぼんやりとしていたであろうトラ八を、キッドがせかす。
「……ああ。そうだな」
「ぼーっとしてんじゃねぇよ」
「明日にもまた壊されるのかと思うと、ぼーっともしたくなるわ」
「そんなに、毎日毎日壊してねーだろ」
「二日に一回は壊されてるがな」
 楽しげで、不変的な会話が聞こえなくなるまで、わしはトラ八と過ごした日々を思い返していた。


END