もう二度と会えないだろうと思っていた人と会えた。
 ただし、その場所は遊郭だった。それも男色向けの。
「……………………」
「…………いや、まあ。お前も出世したな」
 先に切り出したのはクロの方だった。
 遊郭の暗い個室で向かい合っている二人は遊郭には相応しくないであろう雰囲気をかもしだしている。
「あ、ああ。あの後、武士の親父に拾われたんだ」
 そう言ったマタタビは立派な着物に身を包み、いかにも気前のいいお侍様と言った感じだ。それに比べ、目の前にいるクロは艶やかな着物を着ているものの、やんちゃな少年と言った顔立ちのために着物に着られているようにしか見えない。
「そっか」
 この二人、昔は一つ屋根の下で暮らしていたのだ。
 孤児だった二人を拾ってくれた人のもとで、同じように拾ってこられた者達と暮らしていた。しかし、そんな幸せな日々は一変した。
 性質の悪い地上げ屋に目をつけられ、二人の親代わりだった人は死に、二人は離れ離れとなった。
「オイラはあの後ここの姐さんに拾われたんだ」
 そう言って笑うが、あの日から今までこのような場所にいたのだ。辛くなかったわけがないだろう。
 マタタビの記憶が正しければ、クロは女の人が好きだったはずだ。それなのに男に体を開かされている。それは屈辱だろう。
 昔は一緒に野山を駆け回っていたというのに、今ではこれほど遠い。買う者と売る者。
 二人は他愛もない話を続けた。離れ離れになる前の昔話をし、離れた後の話をした。だが、後者の話は主にマタタビが話した。クロは頑なに口を閉ざしたわけではなかったが、口数は少なかった。
「またこいよ」
「金がある限り」
 二人はこの言葉で別れた。
 再会の日から三ヶ月。マタタビは一週間と日を開けずやってきた。自分が行かない日、クロは一体どのような男と夜を過ごすのか、何をして過ごすのか。それだけが気になってしょうがない。
「キミはクロのお得意様だね」
 番頭のミーが金を貰い、マタタビに声をかける。
 マタタビほど頻繁にここを訪れる者はそうはいない。しかも、この遊郭でも扱いずらいと評判のクロを買いにきているのだ。覚えないほうがおかしいだろう。
「…………悪くはないだろ」
 店に金がはいるのだから悪いはずがない。
「ううん。いつもありがとうございますってこと」
 ミーは喰えない笑顔でマタタビをクロのもとへ案内した。
「あ、マタタビ」
「……キッド」
 マタタビはクロのことをキッドと呼ぶ。クロと言う名は源氏名なのだ。本当の名前はキッド。マタタビには源氏名で呼ばれたくないと三度目にきたときクロは言った。少し。不安そうな表情だった。
 そんなクロの姿は非常に艶があった。
 ちゃんと着物を着ていないため、鎖骨や内太ももがちらりと見え隠れするという絶妙な味を出している上に、クロの肌は少しばかり紅潮していた。おそらく先ほど客が帰ったばかりなのだろう。
「…………っち」
 もっと早くくればよかったとマタタビは後悔したが、後悔したところで何かが変わるわけでもないので黙っておく。
「本当に金があるんだな」
「ああ」
 かなり位の高い武士に拾われたおかげで、マタタビはこうしてクロに会いにこれている。
「で、何か喰うか?」
 マタタビは食堂の代わりと言わんばかりに遊郭を使うこともあるので、クロが先に尋ねておく。
「いや。今日は喰ってきた」
 マタタビの食欲は並みではなく、こいつの食費だけで一月どれほどかかるのだろうかとクロは常々疑問に思っているのだ。
「……………………」
「……………………」
 いつもならば話題を切り出すなり、酒を要求するなり、なんらかのアクションを起こすのはマタタビが先だった。だが、今回のマタタビは口を閉ざしたまま開こうともしない。
 何かあったのだろうかとクロがマタタビを覗きこむが、変わった様子は見られない。
「何か、あったのか?」
 わからないことは聞いて見るのが一番手っ取り早い。クロはその方法を実行した。
「……別に」
 何かあったのだとすれば、それはクロのその姿に問題があるのだが、クロはそのことに気づいていない。
「…………あ、そ」
 あきれたようにクロは言った。
 そして唐突にマタタビの着物をはぎ取った。
「なっ?! な、な、何をするっ?!」
 自分だからよいものの、普通の武士にこのようなことをすればただではすまない。
「大丈夫。大丈夫。お前以外にこんなことしねーよ」
 マタタビの考えを見透かしたかのようにクロが答える。
「何があったのかしんねーけどよぉ。ヤりゃあ吹っ飛ぶんじゃねーの?」
 いつもと同じように笑うクロだったが、その表情はすでに仕事モードだった。
 普段の子供っぽさはどこへやら、娼婦顔負けの艶を出す。
「ま……待てキッ……んっ!」
 慣れた手つきでマタタビを確実に快楽の世界へと追い込んで行く。
 今まで一度もクロとこういうことがなかったのかと言えば、答えはノーだ。何度も何度もクロを組み敷いた。
 お互い合意の上だったし、相性は悪くなかったと思っている。
「マ……タタビィ……」
 気づけば上下は逆転し、マタタビがクロを攻めていた。
「キッド…………」
 何がどうなってこうなったのかはよく覚えていないが、何だかんだで自分はクロとヤってしまう。誘われて断るなどできない。据え膳はゴメンだ。
「キ、ッド……あ――」
 愛してる。そう言おうと思った。
 この感情はもう拭い切れないほど大きく、心の奥深くにまで浸透していた。昔から隠し持っていた思いは再会によって大きくなり、相手の境遇により深く浸透してきた。
 愛してる。愛してる。でも、相手は遊郭の男なのだ。身を買い取ればいいだけの話だが、そのようなことを許してもらえるとは思えない。愛してるなどと言って惑わすことはできない。
「…………っ。キッド……。キッドォ……」
 何度もクロの名前を呼び、抱き締めた。


END