銀時、桂。二人の元仲間を見送った後、高杉は自室に篭った。
高杉が自室に篭って何をしているのか知っている者はいないが、今の状態の高杉に近づいては命が幾つあってもたりないということだけは全員が知っていた。
当の高杉とはいうと、早々に布団を敷いて布団の中に身を収めていた。
「やばいって。やばいって。
あいつらボロボロだったじゃねーか……。あー。俺の悪い癖だよな……。別に傷つけたいわけでも殺してぇわけでもねーんだけどな。
ただああしている間はそういうことを考えられねぇっつうか、そんなことぶっ飛んでるっつうか……。って誰に言い訳してんだよ。一段落ついたらそれなりに悪かったとは思うんだけどよぉ……」
どうやら高杉は銀時と桂に少々やりすぎてしまったのではないかと思っているらしい。
実際問題、あれは殺しあい以外の何物でもなかった。
「……もう仲間でもなんでもねぇか……」
ついその場のノリと言うか、意地というかで自分も同意してしまったが、今考えると非常に悲しい。そして寂しい。
今も仲間はいる。自分と同じ目的を持った仲間。だが、自分と対等で、つるむことのできる仲間は銀時たち以外考えられなかった。
「あいつら死んでねぇだろうなぁ……。銀時も桂も怪我がろくに治ってねぇくせに向かってきやがるからな……」
高杉としては銀時や桂を狙ったわけではなく、ただ、そういう流れになっていたから、それはそれで楽しいかもしれないと思っただけであった。
正直なところ、あんな大怪我をしてまで来るとは思っていなかった。
「銀時の性格。忘れてたわけじゃなかったんだがな……」
そんな反省の言葉を呟きながら、高杉は体をさらに丸めた。
何とか紅桜にやられた傷もほぼ完治し、妙や新八、神楽の看病から解放された銀時はいつも万屋にいる神楽を妙に預けた。
「うちはまあいいですけど……」
妙は少し納得いかなさそうに神楽を見る。
「そうネ。なんで私姉御の家行くアルか?」
「銀さん一人じゃ心配ですよ」
完璧に完治したわけではない怪我人を一人置いていくのは不安だと誰もが目でうったえていた。
「大丈夫。大丈夫。銀さんもたまには一人での〜んびりしたいのよ」
神楽と新八の頭を軽く撫でて送り出す。あれだけ言っておけば、突然帰ってくるということもないだろう。
銀時はそのうち来るであろう者達のために茶菓子ぐらいは出してやろうと台所に向かった。
すっかり新八の使いやすいように整理されてしまっている台所で茶菓子をあさっていると、玄関の戸が開けられる音がした。
「おいおい。いくらなんでも無言で入ってくるたぁいい度胸じゃねーか。ヅラぁ」
「ヅラじゃない桂だ」
お決まりの言葉と共に家の中へ上がり込んでくる桂の傍らにはいつもの姿がなかった。
「エリザベスには悪いが、今日は留守番をしてもらった」
俺の個人的な用事だからな。と付け足した桂に、お前の用事は全て個人的なもんじゃねーかとツッコミをいれつつ、お茶菓子を出した。
「お邪魔しますの一言も言えないような奴にお茶菓子を出してあげる銀さんってやっさし〜」
自分で言いながらも、目の前のお茶菓子を食べていくのは銀時だけである。
「俺が一番のようだな」
「そりゃねー。あの馬鹿も来るかわっかんねーよ?」
噂をすればなんとやら。二人の耳に玄関の扉を叩く音が聞こえた。
「きーんーとーきー。きたぜよー」
相変わらず人の名前を間違えて呼ぶ旧友を迎え入れるため、銀時は重い腰を上げた。
「だから俺の名前は金じゃなくて銀だっつてんだろーが! いつになったら覚えるんだよ?! むしろお前のそれはわざとだろぉぉ!!」
言いながら扉を開けると、そこには両手にお菓子の袋を持った坂本の姿があった。
「ははははは。そうじゃったのー」
なんの悪びれもなく、謝ることすらしないで、坂本も勝手に家へ上がり込む。どうやら先ほどまでは足で扉を蹴り、扉を開けろと言っていたようだ。
「まあ、ヅラとは違って手土産を持ってくるあたり、さすがだよな」
そう言って銀時は玄関扉の鍵を閉めず居間へ戻った。
「金時が大怪我したと、聞いたきにの」
やはり正しい名前では呼ばない坂本に軽い頭痛を覚えながらも、銀時はいつも座っているソファへ腰をかけた。丁度坂本と桂の正面になる。
「別に大怪我っつうほどじゃねーよ」
銀時が軽くそう言うが、桂は首を振る。
「何が大怪我じゃないだ。それが大怪我でなく何だと言うのだ」
元々母親体質の桂に説教をさせると長い。桂の説教の長さは朝の朝礼での校長の話よりも長い。
「まぁそんなことは置いといて」
銀時が物を横に置く動作をして、話を変える。
「とりあえず……俺はそろそろだと思うんだが」
「そうだな。俺も賛成だ」
「わしも賛成じゃ」
三人が賛成の意を見せる。
「なんだよ。これじゃ賭けにもならねーな」
銀時がつまらなさそうにソファに深くこしかける。
「あいつのことだ、オレ達が去ってすぐ布団に潜りこんだだろう」
「ほんで、ぶつぶつ反省しとるきに」
銀時達は高杉の性格をしっかり把握していた。伊達に同じ時代を生きぬいたわけではない。
高杉がその場のノリで行動してしまうことも、気に入った奴を傷つけてしまうことも、後でそれについて反省していることも知っていた。
「あいつはドSだからな。気に入った奴には意地悪しちゃう〜。ってやつだよ」
「貴様もSに変わりはないがな」
「主らはいっつも気に入った奴をしごいちょったからの〜」
ほのぼのとした空気が漂う中、玄関の外側に気配を感じた。
扉を叩くか迷っている。そんな気配。
むろん三人は気づいていたが、あえてまだ気づいていないふりを続けた。
「たまにはお灸をすえねばな」
桂が小さく二人に言い、二人は頷いた。
やがて、そっと扉を開ける音がした。
「どいつもこいつも、ノックぐらいしろってんだ」
銀時が小さく呟く。勝手知ったる他人の家とはよくいうが、それにしても遠慮がなさすぎと言うものだろ。
「おい……」
現れたのは予想通りの小柄な男。今日は比較的地味な着物を着ている。
「ああ? 何でこんなとこにいんだよ? 決着つけようってのか?」
決まりが悪そうにしている高杉を銀時が鋭い眼光で睨みつける。
「いつでも相手になるぞ? オレ達はもう、仲間でもなんでもないのだからな」
本気で言っているわけではないが、本気で怒っているのだという雰囲気が体全体から出す桂も高杉を睨んでいる。
「わしはどっちの味方でもないきに、好きなようにするとええ」
唯一高杉を睨んでいない坂本はどちらの味方でもないと、軽く高杉を突き放す。
「…………別に、喧嘩しにきたわけじゃ、ねぇよ……」
小さく呟いて俯いてしまった高杉の姿に、さすがの銀時達もやりすぎたのかと焦る。この歳になって泣きはしないだろうが、近いものはあるかもしれない。
だがここで、慰めてしまうと元の木阿弥だ。たまには痛い目をみせなければいけない。
そんなことを脳をフル回転させて三人が考えていると、高杉が急に銀時達を睨みつけた。
「バーカ!」
そんな子供じみた言葉と共に投げつけられたのは色とりどりのお菓子と酒。
酒瓶が割れないようにうまくキャッチした銀時はこいつも基本は変わってないのだと安心する。
昔からそうだった。
昔からつい意地になって喧嘩してしまったり、誰かを傷つけたりしたら高杉はそいつに何かをあげた。
まだ幼かったころは花やら木の実だったが、歳を重ねるにつれ、それは酒やお菓子に変わった。お菓子は主に銀時に。酒はその他大勢の者たちに。
「……お前も飲むか? 高杉」
銀時の言葉に驚いたのは高杉で、しかたがないなという表情をしたのが桂であった。坂本はいつもと同じように笑っている。
「……つきあってやるよ」
しかたないなという風な言い方を高杉がするものだから、銀時のS心に少し火がついた。
「別に無理に付き合えなんて言ってないよ〜? イヤならどうぞお帰りを」
白々しい言い方だが、高杉は帰れない。ここで帰ってしまえば仲直りなどいつまでもできない。
桂と坂本が見守るなか、高杉は何とか言葉を紡ぎだした。
「……一緒に、飲もう、ぜ……」
孤立主義を気取って、いつも誰かに誘われないと仲間の輪にも入っていけない高杉にとってこの言葉はハードルが高過ぎたのか、高杉の顔は真っ赤だった。
END