合図は彼の死  私、春野サクラは家が嫌い。
「ただいま」
 でもまだ下忍の私は家に帰る。自分で自分を養うこともできないなんて最悪。
「お帰り。今日はサスケ君とお喋りできた?」
 両親は『七班』と絶対に言わない。サスケ君とお喋りできた? カカシ先生は遅刻しなかった? そんな風に今日のできごとを聞く。私の班にいる子供のことを口にしたくないから。
 上手く騙せてるとでも思ってるのかしら。いつまでも私が無知だとでも思ってるのかしら。
「今日もサスケ君はナルトと喧嘩ばっかりしてたわ」
 だから私はわざと両親が聞きたくない名前を出してあげる。
「…………そう」
 ほら。ナルトの名前がでるとママは黙る。眉間にしわを寄せてる。
 ナルトは忌まわしき九尾だもの。この里に存在してはいけない存在だもの。眉間にしわを寄せるのも口汚くナルトを罵るのもしかたがないわよね。クソ喰らえ。
「ああ、そういえば昨夜も金蒼が活躍したそうだよ」
 パパが話を変えようとしたけど、何一つ話は変わってない。だってナルトと金蒼はイコールでつながるんだもの。
 ねえ、里全体に忌み嫌われている彼がどうして里を助けてるのかしらね。
 ねえ、教えてあげようか。本当のことを。
「へー。さすがね」
 嘘。教えてあげない。私は笑って何も知らない下忍を演じ続けてあげる。そうすればあなた達は安心できるんでしょ?
 三代目火影が亡くなって、新しく火影に就任した五代目火影はナルトを嫌う大人だった。だから五代目は金蒼の正体を知らない。あんな奴が五代目にならなければ、ナルトの風辺りもまだマシだったのに。
「私お風呂に入って寝るね」
 胸糞悪い場所に長居したくない。
 叫べるなら叫びたい。
 ナルトは九尾じゃない。ナルトは金蒼と名乗って里を守ってる。九尾が里を襲ったのにだって理由がある。九尾は紅焔さんって言ってとってもいい人。
 木の葉の下忍とその担当上忍なら誰もが知ってることだけど、里のほとんどの人は知らないこと。
 私達が知ってることを大声で叫んだら里の人達はどんな表情を作るのか興味ある。きっとすごいマヌケ面を晒してくれる。
 ナルト、そうしましょうよ。こんな里もういいじゃない。
 でも、それを決めるのはナルトだから、私は今夜もナルトが怪我をしないことを祈って、里の大人達が不幸になるように呪って眠る。



 朝起きたらママ達がやけに嬉しそうだった。
 ママ達の幸せなんてどうでもいいけど、その理由は気になった。
「どうしたの?」
 私がそう聞くと、ママ達は醜い笑顔で答えてくれた。
「あの狐が死んだのよ!」
 ママ達は嬉しさのあまり狐と言う言葉を使ってしまってる。一応、それを言ってはならないという掟があるのに。あ、ナルトが死んじゃったらそんな掟は破棄されるのかもしれないわね。
 狂喜する両親を見て、私は静かに部屋に戻った。いつこの時がきてもいいようにずっと用意していた。本当に必要なものだけを詰めた鞄を背負う。
 ナルトのことを何人の人が知っただろうか。何人の人が約束の場所にくるだろうか。私の心は躍る。
 私は鼻歌混じりにペンを取り、紙に手紙を書く。出だしは何がいいかな?
『拝啓 汚らわしい両親
 私達はこんな里を捨てます。心配しないでください。迷惑です。
 私達はナルトと共に行きます。いつまでも過去にしかすがりつくことのできない大人にはなりたくありません。こんな里にいたら私達も腐ってしまいます。
 こんな里、滅びてしまえ     春野サクラ』
 最後の一文だけ真っ赤なインクを使って書く。この文が現実になればいいという憎悪を込めて。
 手紙を机の上に彼岸花と一緒に置いてこっそり家を出る。忍の私ならそんなこと容易い。
 笑ってる。嗤ってる。哂ってる。里の人達を見ながら約束の場所へ歩く。そこに行けばナルトが来るから。
 私達の約束。
 三代目が死んで、腐った五代目が火影に就任した時、七班のみんなで言ったの。
「ナルト、こんな里にいることなんてないのよ」
「そうだ。お前なら追い忍に捕まることもないだろ」
「そしたらこの里は勝手に滅びてくれるよ?」
 私達はナルトが幸せならそれでよかった。傷ついた笑顔と偽りの笑顔しかできない太陽に、本当の笑顔が浮かぶならそれでよかった。なのに、ナルトは優しいから首を振る。
「ダメ。オレを認めてくれたみんなを不幸にしたくない」
 里は嫌いだけど、オレを認めてくれた人は好きだと言ってくれるナルトがあまりにも綺麗で、私達は歯を食いしばった。そうしないと泣きそうだったから。
「なら…………」
 私は思いついてしまった。私達も、ナルトも幸せになれる方法を。
「私達も一緒に里を抜ける」
 時が止まった。
「…………そうだ」
「それはいい考えだね」
 サスケ君もカカシ先生も賛成してくれた。そうよ。そうすればよかったんだわ!
「でも、そんな……」
 賛成しかねているナルトに私は言った。
「今のままの私達じゃ足手まといかもしれない……。でも、毎日修行するから。ナルトの足手まといにならないと思ったら……私達を連れて里を抜けて?」
 言ってから私は気づいた。これはナルトを思っての考えではない。私のための考え。だって、ナルトとずっと一緒にいたいもの。ずっとそばでいたいの。
 私の真剣な顔にナルトは小さく頷いてくれた。
 ナルトの正体を知り、なおかつナルトを認めている人達にナルトがこのことを告げたと知ったのは少し後の話だったけど、ナルトは私の案を実行してくれる気でいるとわかったときは嬉しかった。
 毎日修行して、ナルトの足手まといにだけはならないようにしてきた。
『里抜けの合図:うずまき ナルトの死
 集合場所:阿吽の門
 制限時間:その日、太陽が沈むまで』
 ある日、こんな手紙がナルトの鳥に運ばれてきたときは涙がでた。
 この手紙を持っていると、里の大人達の愚かな行為も少しは我慢できた。ナルトが里を抜ける。そして愚かな者は自分の罪に気づく!
 そんなことを思いながら毎日を生きてきた、そしてついにそのときがきた。
 阿吽の門には既にたくさんの人が集まってた。下忍とその担当上忍。私が知らないような人や暗部の人までいた。きっとみんな優秀な忍なんだろうなと私は思う。
 これだけの忍が一気に里から消える。うん。いいことね。
「サクラー! 遅いわよ!」
「うるさいわねぇ。まだ時間には余裕があるでしょ?」
 まだ昼ごろだっていうのに、いのはうるさい。まあ、その気持ちもわからなくはないんだけどね……。
「遅刻はダメだよ〜」
「先生には言われたくありません!」
 珍しく先生も来ていた。やっぱり置いていかれるのは嫌なんだ。
 みんなが和気藹々と騒いでも、誰一人気にもとめない。ナルトの死に浮かれている証拠ね。
「お前ら早すぎ」
 あきれた声が頭上から降り注いだ。
「ナルトっ!」
 誰かが叫んだ。
 そう、阿吽の門の上には漆黒の服に身を包み、月のような金糸の髪をなびかせているナルトがいた。
「もう全員集合してるじゃん。誰かさんは絶対に遅れると思ったってばよ!」
 最後の言葉は担当上忍だった人に向けられていた。偽りの笑顔はもういらないのよ。さあ、里の人達に死を宣告しましょ。そしたらきっと太陽は笑う。
 集まった私達は隣の人と目を合わせ頷く。太陽から笑顔を奪った里の者達に与えたい制裁はみんな一緒なのね。
「見ろ! うずまきナルトを!」
 一人が叫んだ。
「美しい金糸の髪をなびかせ、漆黒の衣服に身を包んだその姿!」
 続いて誰かが叫ぶ。
「彼こそ我らが総隊長!」
 誰もがわかってる。
「金蒼様だ!」
 自分がいつ、何を言うべきなのか。
「貴様らにどれほど詰られようとも!」
「石をなげられようとも!」
「彼は里を守ってきた!」
「彼を九尾と同一視してきた者!」
「九尾が里を襲った理由をしろうともしない者!」
「お前達に教えてやる!」
「あんた達がどれほど守られてきたか!」
「許しを請うても無駄だ!」
「我々は里を抜ける!」
「うずまきナルトと共に!!」
 一言も喋ることができなかった人もたくさんいたけど、みんなの気持ちは一つだから問題ない。ナルトはちょっぴり恥ずかしそうだけどね。
「嘘だ!」
「狐が金蒼だと?!」
「守ってくれと言った覚えはない!」
 想像していた通りの言葉に私達はため息をついた。この里は本当に腐ってる。
「全員そろってるなら行こう」
「任務中にいい土地を見つけたそうだな?」
「そこに里を作ろう」
「里長はナルトだな」
「当然だろ」
「陽月の里……と名づけてはどうだろ?」
「太陽のように暖かく、月のように静かなナルトにはピッタリだな」
 私達は笑いながら新しい土地に思いをめぐらす。そこでは誰もナルトを虐めない。誰もナルトを嫌わない。
「オレはそんな大層なもんじゃねーぞ」
 先頭を歩いていたナルトが振り向いてそう言う。
 その表情は、太陽にも勝るほどの笑顔だった。


END