大好きでした
新しく暗部に入った新入りは、目の前にいる人物の存在が信じられなかった。
暗部を目指す者、または暗部に近しい者ならば誰もが知っている人物が立っている。暗部の総隊長ともいえるその者は、金蒼という名を使う。
普段は直属の部下以外と任務をこなすことはないというのに、今回はなぜか新入りと金蒼が任務にあたることになってしまった。
金蒼と共に任務をするならば、死ぬようなことはないだろうと、命の安全を喜ぶ反面、粗相をしでかせば何をされるかわからないという恐怖もあった。
任務ごとに姿を変えて現れる金蒼の今回の姿は、長く美しい金糸の髪をなびかせた青年の姿だった。新入りはその金糸の髪に、今日という日に思い出すべきではない者の姿を思い出した。
「行くぞ」
感情を見せない声に、思わず背筋が伸びる。
「はい」
新入りにあわせているのか、金蒼はあまりスピードを出さない。自分の存在が足を引っ張っているのだと感じている新入りは、少しでも金蒼への負担を軽くしようと、足に力をこめる。
「やめておけ」
出会って二言目の言葉は、唐突で、新入りには意味を理解することもできなかった。
「己の技量以上のことをするのは、修行のときだけで十分だ。
目的地についても、体力がなければ意味がない」
新入りは自分の軽率な行動を恨んだ。
無理にスピードを上げ、目的地で息を切らせる忍がどこの世界にいるというのだろう。
新入りが謝罪の言葉を述べる前に、金蒼は走りだす。
そこからは無言で走り続けるだけ。それが当然、忍としておかしいところは何もないというのに、新入りは何故か気まずさを覚えた。それはおそらく、金蒼がなびかせている金糸の髪が思い出させる少年の姿のせい。
頭から追いはらっても、また少年の姿が浮かぶ。
「…………おい」
再び唐突な声。
「な、なんでしょう」
「言いたいことがあるなら言え。集中できてないみたいだぞ」
私情を持ち込むことを是としない世界。新入りは言葉をつむぐことができない。集中しろと一喝されたほうが良かったのかもしれない。だが金蒼はじっと新入りの言葉を待った。
新入りのための任務とも言える今回の任務は、急ぎの任務ではない。金蒼は新入りが何かを言うまで待つ気なのだろう。だが、新入りは何も言えない。
新入りの思う言葉は、里の掟に関わる。
「言え。
……それが、掟に関わることならば、オレの胸の内で留めておいてやるから」
まるで心を読んだかのような言葉に新入りは目を見開く。お面のため、金蒼からは新入りの表情などわからないだろうが、新入りが驚いたということは気配でわかったようだ。
「ほら。早く言え」
優しくせかされ、新入りはとうとう口を開く。
「金蒼様は、うずまきナルトのことをどう思っていますか?」
今度は金蒼が驚く番だった。
「……九尾の器。木の葉の里が抱える爆弾。災厄の子」
一般的な者達が思ううずまきナルト像を金蒼は語る。
「私は、彼が里にいるのは反対です」
先ほどまでの自信のなさ気な声ではなく、強い意思を持った声で新入りは言う。金蒼の表情はお面に隠れて見えないが、どこか悲しげな表情を見せていた。
「里にいるから、彼は迫害され、傷つくのです!」
声自体は小さいが、力強い声は叫んでいるようにも聞こえる。
「何も知らない彼が、大人達に傷つけられ、同じ年くらいの子供達に迫害されるのです」
新入りはそれが許せないと言う。たかだか『器』ナルトには何の罪もない。
「金蒼様、あなたは彼を本当に『災厄の子』だと思っているのですか?」
九尾が木の葉の里を襲い、ナルトに封じられた日。十月十日。今日。そんな日に、ナルトと同じ金糸の髪をしている金蒼が、心の底からナルトのことを忌むべき存在だと思っているようには感じられない。
新入りは問い詰めるように聞く。
「……さあな。
だが、お前のように思ってくれる者がいるのならば、うずまきナルトも幸せなんじゃないか?」
上手くはぐらかされてしまった。しかも、金蒼はすぐに走り出してしまい、それ以上の追求を拒否した。
金蒼との任務を終えた新入りはそれから幾度となく任務をこなしたが、再び金蒼と同じ任務につくことはなかった。
とある任務についた新入りは、死にかけていた。
敵からの攻撃と罠により、体から血は流れ、生命を維持するだけの力を残していなかった。
「……し、ぬ……か」
偶然瞳に映った満月を見て、新入りは死を受け入れた。同時に、金蒼の美しい髪を思い出した。
「お前か」
新入りの前に姿を現したのは、黒髪の金蒼だった。前回と姿は違うが、まとう気配で金蒼だとすぐにわかる。
金蒼は新入りの前に座り、傷の様子を見る。そして、もはや手遅れだとの判断を下した。金蒼が手遅れだというのならば、里の医療班に診てもらったとしても、意味はない。
こうして里の暗部と最期に会えてよかったと思うのは、自分の死体を処理してもらえるからだ。敵の手に死体が渡ってしまうことだけは防がなくてはならないというのに、新入りには自分の体を滅ぼすことももうできない。
「最期に、何かしてやってもいい」
優しい声に、新入りは目を細める。
強く、厳しい人ではあるが、優しい人なのだ。
「あ……の…………が、み……い」
『あなたの本当の姿が見たい』
まともな言葉を紡ぐことができない新入りの言葉を、口の動きで読み取ったのか、金蒼は静かに頷いた。
本来、暗部は本当の姿を見られてはいけない。そのためのお面なのだ。例え死にかけている仲間だからといって、それは叶えてはいけないはずの願い。
「――あ」
新入りは驚いた。
変化の術を解き、お面を外したその姿は、うずまきナルトだった。
月を思わせるような金糸の髪と、青空を思わせるような碧眼。いつもなら元気な光を宿している瞳も、今では暗く沈んでいる。
「ありがとう」
それは始めて出会ったときの言葉に対してのお礼だった。
悲しげなお礼を最期に聞き、新入りは目を閉じた。
どうせならば、伝えれたならと思った。
『大好きでした』
END