一心同体 「紅焔。紅焔はずっと――」
 ナルトが紅焔に言った言葉である。その言葉に対して、紅焔が答えた。
「当然だ」
 紅焔がハッキリと言うと、ナルトは安心したのか、目蓋を閉じて眠りについた。
「ナルト――。お前もまだ子供だったな」
 紅焔の瞳は、何処か寂しげであった。





 それはナルトと紅焔が出会い、火影の爺さんにも紅焔のことがばれ、ナルトが暗部に入隊した矢先のことであった。
 元来、眠りにつくことは少ないナルトであったが、最近では暗部の仕事が入るようになってさらにその眠りが少なくなっていた。
 それでも、夕暮れ時は多少なりとも睡眠をとっていたナルトであったが、一向に眠ろうとしない日があった。
 心配した紅焔が、声をかけてもそっぽを向き、火影の爺さんが宥めても眉間にしわを寄せたままであった。
「ナルト……?」
「どうしたんじゃ」
 二人が何を言ってもナルトは黙ったまま、眉間にしわを寄せたまま。泣きそうな目をしたまま。
「ナル……!!」
 とうとう、ナルトは紅焔と爺さんを押しのけて外へと飛び出して行ってしまった。
「ナルト!! 里へ出るな!!」
 紅焔の静止を振り切ってナルトは走り続けた。並大抵の忍では、到底適わない速さであった。
「ナルト…。どうしたんだ?特に変わったこともなかったはずなのに」
 紅焔は心配そうな瞳を一層濃くした。
「里へ向かったようじゃの。どれ、わしが一つ探して見るか」
 火影の爺さんが、そう言って水晶の前に腰掛けようとしたときであった。
「火影様! こちらの書類を……!」
「火影様! サインを!」
「火影様! ……」
 あっという間に火影の爺さんの周りは書類でいっぱいになってしまった。
「すまん……。紅焔。頼めるか?」
「………わかった。身体には気をつけろ。ナルトが泣く」
 ナルトの心配をする一言を残して、紅焔はその場から姿を消した。
 ナルトは、四代目の火影岩の頭の部分に座っていた。気配を押し殺しているため、ナルトの姿は里人の目に映らなかった。
 ナルトは何も言わず、ただ無表情で夕暮れで赤く染まる里を見つめていた。
「ナルト。探したぞ」
 紅焔はナルトの気配がつかめないので、ナルトの中にある自身の気配を探ってナルトを探し当てた。
「……………」
 ナルトは紅焔を一瞥したが、すぐに里に眼を戻した。
「ナルト。いくら俺でも、お前の心の中は読めない」
 紅焔はナルトから眼をそらさずに言う。それでもナルトは表情を少しも変えなかった。
「……。ナルトが何も言わないなら、俺は何も出来ない。だから、せめて横にいさせてくれよ?」
 ナルトの横に腰掛ける紅焔。無論気配は完璧に消してあるので、里人は誰一人気づかない。
 紅焔がナルトの横に腰かけてから、どれほどの時間が立ったのだろう。
 夕暮れに染まっていた空は黒く染まり、里には店の看板に電気がつき始めていた。
「………恐い」
 ナルトが呟いた。その呟きはあまりにも小さく、紅焔でさえ聞き逃しそうになったほどだ。
「何が……恐いんだ?」
「目を瞑って、真っ暗になって、眼が覚めたら誰もいないんじゃないかって思うんだ……」
 ナルトの眼には薄っすら涙が浮かび始めていた。
「紅焔も、じいちゃんも皆……。戦ってない俺なんて、必要ないんじゃないかって……。誰もいなくなって、俺独りぼっちになるんじゃないかって……!!」
 眼からはとうとう涙が溢れ、いくつもの涙が頬を伝っていた。
「心配されても、不安で……しかたないんだ。それに……それに……!!」
「それに?」
 紅焔は優しく聞いた。ナルトの涙を拭き取り、ナルトが落ち着いて話せるように促した。
「それに……。寂しいんだ」
「寂しい?」
 ナルトの言葉に紅焔は首を傾げた。紅焔はナルトに寂しい思いをさせないように、常にそばにいるようにしてきたつもりだったからだ。
「だって……。俺ぐらいの子供には、おっ……お母さんやお父さんがいて……」
 ナルトは、紅焔の服をぎゅっと掴んだ。
「友達がいて、一緒に遊んだりしてるんだ」
 ナルトの一言は、紅焔に悲しげな表情をさせるのに十分な言葉であった。
 ナルトは紅焔の表情に気づかずに言葉を続ける。
「紅焔と戦うのは楽しい。でも…俺も……。皆みたいに……」
 ナルトの言葉は最後まで続かなかった。
 紅焔がナルトを抱きしめたのだ。
「ナルト……。すまなかった。寂しい思いをさせて。
 そうだな。普通、お前ぐらいの歳の子は、親や友と楽しそうに遊んでいる。だが、俺や火影はそんなことしてこなかった。
 一緒にいるといっても任務の話や術の話し以外はあまりしなかった……。いてもいなくても同じだった……!」 
 紅焔は心の底から悔やんでいた。
 ナルトのそばにいてやれなかったことを。
 たとえ身体がそばにいても、心がそばにいないと意味がないのだということに気づけなかったことを。
「大丈夫……。時々、不安になるだけなんだ。いつもは紅焔が、じいちゃんが、俺のことを考えてくれてるってわかってる」
 ナルトは紅焔の胸の中でそっと目を瞑った。
「だけどさ……やっぱり一人は嫌なんだ」
 ナルトは目を開けて、紅焔を見上げた。紅焔がもつ紅色の瞳を見つめていた。
「紅焔。紅焔はずっと俺のそばにいてくれる?」
 真剣で、今にも泣き出しそうな眼をしたナルトに向かって紅焔は当たり前のことを言うように返す。
「当然だ」
 紅焔があまりにもハッキリ言うので驚いたのか、ナルトが大きな瞳をさらに大きくした。
「俺の身体はここに」
 紅焔はナルトのお腹に手を当てる。
「俺の姿はここに」
 紅焔はナルトの瞳を指差した。
「俺の命はここに」
 紅焔はナルトの心臓がある部分に手を置く。
「俺の思いはナルトの心に」
 紅焔は自分の胸に指差して、その指でナルトの胸を指差した。
「俺の心はナルトの全てに」
 紅焔は再びナルトを抱きしめた。
「俺は全てナルトのもの。離れることなんてできないんだ」
 紅焔はナルトの唇に、触れるだけの軽いキスをした。
「――っ!!」
 顔を真っ赤にするナルトを見て、紅焔は愛おしそうに目を細めた。
「きょっ、今日も任務があるんだろ?!行くぞ!」
 耳まで真っ赤にしたナルトは立ち上がった。
「それと………」
 ナルトは紅焔から一度目をそらし、再び紅焔と眼をあわせた。
「紅焔の全てが俺のものなら、俺の全ても紅焔のものだ。
 俺の身体は俺のお腹の中の紅焔に。
 俺の姿は紅焔の眼に。
 俺の命は紅焔の心臓に。
 俺の思いは紅焔の心に。
 俺の心は紅焔の全てにあるんだ」
 驚くのは紅焔の番で、ナルトが火影邸へ向かって行ってしまっても、しばらくは動けずに呆然としていた。
 そして、ナルトの言った意味をよく考え、まとめ、顔がにやけるのを抑えることが出来なかった。
「一心同体か……」


END