ハズレ
闇に紛れるかのように、木々の間を飛び回るのは黒装束の男と、赤黒い毛をした狐だった。
男の顔は仮面によって隠されていたが、体格からして大人と呼べる歳ではないと推測される。だが、周りは彼を少年としては扱わない。
身分も素性もすべて隠し、裏の任務をこなすだけの存在には、性別も年齢も関係ない。必要なのはただ力があるかないかだけ。いくら幼い風貌をしていようと、力があれば敬われる。いくら雄々しい風貌をしていようとも力がなければ蔑まされる。
「くそっ。今回もハズレかよ」
「まったく。主の感はいつも的外れだ」
男が言えば狐が返す。
「んだと!」
太い枝の上に立ち止まり、狐を睨みつける。仮面ごしとはいえ、体からあふれる殺気がすべてを物語る。
殺気を恐れた動物達は辺りから消え去り、鳥さえも闇の中を羽ばたく。
「そういうお前だって、この間ハズレを選んだじゃねぇか」
「アレがハズレだったのであれば、あそこに正解はなかったのだ」
男が立っている枝とはまた別の枝に腰を据えた狐が屁理屈をこねる。
「お前マジうざいわ」
仮面を外し、眉間にしわを寄せた状態で吐き捨てる。
男、名をナルトといった。
「年上は敬うものだぞ」
答える狐はその昔恐れられた九尾の妖狐だ、
「敬えるだけの人格を持ってから言え」
「少なくとも、今現在、言葉を操る者の中では最も崇高な人格を持っていると自負しているが?」
「自己陶酔してんじゃねぇよ。気持ち悪ぃ」
この二人、お世辞にも中が良いとは言い難かった。
片や封印されし九尾。片や里の業を一身に背負わされた者。互いに互いがいなければ、今よりもマシな生き方ができたはずだ。二人が現在手を組んでいるのは他でもない。己のためだ。
この世のどこかに、人柱力から解放される術があるという。この術が表の世界に出回っていないのは、尾獣が死なずに解放されるという理由があるからだ。世間がどう考えていようが、二人にとってはこれ以上なく必要な術であった。
半ば伝説と化している術を探すため、二人は火影から任務を受けている。どれほど死亡率の高い任務でも受ける代わりに、術の情報がありそうなものだけを選別する。この契約が今の木の葉を支えていると言っても過言ではない。
「歳とってるだけじゃ、自慢にもならねぇよ」
「青臭いガキよりはマシだ」
このように罵りあうのも二人の間では日常と化している。
ナルトが生まれてから十何年も一緒に暮らしているというのに、一向に仲が良くならないのは、元々仲が良いとしか考えられない。実際、ナルトと九尾について知っている者はみなそういった判断を下している。本人達がいくら否定しようが、拒絶しようが判断が変わることはない。
「あー。いつになったらこいつとおさらばできんだよ」
「こっちの台詞だ。阿呆め」
この辺りになると、殺気はどこかへ消えさり、動物達も戻ってきていた。
「我の力なしには戦うこともできん弱者が!」
「オレがいなけりゃ、外に出ることもできねぇくせに」
口論が何度も続く。
「……やめるか」
「……ああ」
いつまで口論していたのだろうか。月はずいぶんと沈んでしまっている。任務が終わっているとはいえ、長居しすぎるのは問題だ。日が昇る前に帰らなければならない。
「今日はお前が飯作れよ」
「何故?!」
「オレの方が一人多く殺した」
口論戦争第二幕勃発寸前。
九尾がため息をついた。
「わかった」
「え?」
予想もしていなかった言葉に思わず声が出る。
「何だ。我に作って欲しいのではないのか?」
尋ねる表情には嫌味の欠片もない。ただ純粋に、本気で言葉を紡いだのだ。
「……いや、絶対に文句言うと思ってたから」
口ごもる。
今までこんなことはなかった。何かを言えば、必ず反論が返ってくる。それをさらに返すのが楽しかった。
「ま、主と口論するのも後わずかかもしれんしな」
九尾には予感があった。
今までのような漠然とした予感ではなく、妖怪としての確かな予感だった。
「……そ、か」
この十何年間のこととはわけが違う。そのことはナルトにも理解できた。同時に、今まで一緒に過ごしてきた存在が消えるということも、理解できた。
「お前はオレから離れたらどこへ行くんだ?」
「そうだな……」
九尾はちらりとナルトを見る。
「なんだよ」
何となく居心地が悪くなったナルトがぶっきらぼうに言うと、九尾は鋭い歯を見せながら返した。
「しばらくならガキの面倒でも見てやるさ」
「……それ、どういう意味だよ!」
怒鳴りつけるように言ってみても、九尾はどこ吹く風。笑いながら里への道を歩む。
「…………絶対だからな」
小さく呟かれた言葉には気づかないふりをして。
END