一つの決断  ナルトの傍にはいつも紅焔がいた。
 それは本人の気持ちとしては幸福なことであったが、第三者から見れば不幸でしかなかった。いつも紅焔がいるのは、ナルトが常に一人だからだ。
 化け狐と罵倒され、避けられた結果でしかない。
「紅焔、いつも一緒にいてくれてありがとな」
 こんな言葉を聞くたびに紅焔は悲しくなる。
 本来ならば、人に囲まれていてもおかしくはない人間なのに、こうして人外の者としかいることのできない。
 長い時間を生きてきた紅焔だが、自分が人間になる術など知らないし、化け狐の名をナルトから消す術も知らない。自分のしたことを罪だとは思わないが、一人でいるナルトを見るのはつらい。
 紅焔は願った。
 ナルトを普通の人間にしてやって欲しい。それができないのならば、せめて自分を人間にしてほしい。
 人目を気にせず傍にいてやり、他者の感情から守ってやれるようになりたい。
「それすら叶わぬのならば――」
 いつでもナルトの幸せだけを考えてきた。明るい日の下で笑みを浮かべていられるようにと。
 紅焔は静かに瞳を閉じ、多くを考えた。
 この世界に神はいない。願いが叶えられるのを待っていてもしかたがない。自らの手で掴みとるしかない。ならば、できることは一つだけなのだ。たった一つ。その一つを選択することは悲しく、恐ろしいことだ。
 それでも、方法がそれしかないというのならば、紅焔は喜んで選ぶ。
 口元に怪しげな笑みを浮かべ、紅焔は闇の中に消えた。




 ある日から、里に一つの噂が広がった。
 その噂とは、ナルトから九尾を引き離すことができるらしいというものだ。
 誰が言い出したのか、その根拠は何なのか、それはわからない。だが、その噂は確かな真実味を持って流れた。
「満月の夜、そのときだけ九尾は人の姿を借り、里に現れる。
 本来の力はなく、中忍でも殺すことができる……か」
 根も葉もない噂だったが、九尾が人の姿を借りた容姿は事細かに伝わった。そしてそれは、紅焔の姿とまったく同じであった。
「紅焔、満月の夜は気をつけろよ」
「大丈夫だ。我はいつも主の傍にいるだろ?」
 心配そうに言うナルトに優しく言う。
 ナルトは表面上だけの言葉には騙されない自信があった。そのため、一度だけ言われたその言葉を疑うことはなかった。
 この世に生を受けてから何度目かの満月の夜、ナルトは自分の慢心を思い知ることとなる。体の中にある奇妙な虚無感。殺気だっている里。ナルトを見張る大人達。
「出せってばよ!」
「おとなしくしていろ! もうすぐでお前も、解放されるんだ」
「何の話だよ!」
 本当はわかっていた。
 このまま紅焔が殺され、ナルトは普通の子供になる。
「出せー!!」
 喉がつぶれるのではないかと思うほど叫んだ。
 ずっと隣にいた存在が消えようとしているのに、冷静でいられるわけがない。
「泣くな」
 風に乗って聞こえてきた声に、顔を上げる。
「我が消えても、世界が消えても、泣いてはいけない」
 長い髪をなびかせ、屋根の上に立っている人物はいつも見ていた人物だった。
「いた……九尾だ!」
「……やめ、やめろ……。やめろ!」
 どこにいたのか、忍達が一斉に飛びかかる。
 誰かの刀が紅焔を貫き、また別の誰かのクナイが突き刺さる。
 一瞬の静寂の後、ぐらりと紅焔は傾き、地面へと落ちた。
「……あ、ああ……」
 地面に染みこむ赤い血を見て、ナルトは膝から崩れ落ちた。どうしてこんなことになってしまったのかわからない。
「何で、何で……」
 ただ、一緒にいたかった。隣にいてくれることが嬉しかった。
 一人なのは紅焔のせいだと誰が言っても、それは違うと言えた。一人なのは周りのせいだ。紅焔を嫌うからだ。
 ナルトの世界は紅焔でできていた。世界の中心が今、壊れた。
「ごめん。ごめん。ごめん。オレが、オレが……っ!」
 涙を流すナルトに誰も目を向けない。ひたすらに九尾の死を喜ぶだけ。
 歓喜の叫びに憎しみがやどる。世界を壊した者達を殺してしまえと何かが叫ぶ。
 ゆらりと立ち上がり、片手にクナイを握る。どこまでやれるかはわからない。それでもやらぬよりはマシだ。死んだところで惜しまれるものでもない。
「死ね――――」
 振り上げた腕を誰かが掴んだ。
「やめろ」
 死んだところで後悔はないが、一人も殺せないのでは復讐にならない。必死に抵抗してみるが、相手はびくともしない。
「落ち着け。
 −−−−我だ」
 告げられた言葉に驚き、聞きなれた声に心臓が止まりそうになった。
 腕を掴んでいる男の顔をよく見てみると、見覚えのある瞳が目に映る。変化をしていようと、変わることのないその瞳に再び涙があふれた。
「なん、で」
「一芝居打っただけだ。
 我が人間なんぞに殺されるものか」
 抱きしめられ、体温と鼓動を感じる。
 確かに生きている。先ほどまで死体があった場所に目を向けてみると、そこにはやはり紅焔の体があった。
「影分身のようなものだ。あれよりも作りは細かい」
 だから死体の役までさせることができる。
 自慢げに語るその声に安堵した。
「教えてくれても、よかったんじゃねーの?」
 しばらく抱きしめられて、冷静さを取り戻したナルトが地を這うような声で言った。
「芝居でも、我の死体を見るのは嫌だと反対されそうだったからな」
 ナルトのことを本人よりもわかっていると自負している紅焔は、見事にナルトの図星をついた。
「……それにしたって、ひでえ!」
 目を吊り上げるナルトを見て、これが一番怖いと紅焔は苦笑する。
 己の死が怖くないと言えば嘘になるが、この世でもっとも恐ろしいのは怒ったナルトだ。大した力もないくせに、ここまで九尾の妖狐を圧倒することができるのだから、強い忍になるだろう。
「さて、我はこれからこの姿でいるからな」
「前のがカッコイイ」
「いや、そうは言ってもだな……」
「前のがいい」
「…………」
 ナルトの怒りが収まるまでは、今まで通り人目を気にして会うしかなさそうだ。


END