子共の涙
暗部九番隊の参謀、影虎こと奈良シカマルは頭がよく、常識人である。
「後は、これとこれ……」
ただし、それは何かの研究をしていないときに限る。
「……………いや待てよ? コレじゃなくてこっちを入れたらどうなるんだ?」
研究中のシカマルは好奇心旺盛で、どんな物を作るかわかったものではない。
隊長であるナルトが怯えるほどのものを作ったこともあるほどだ。
「う〜ん、上手くいかねぇな……今日はこの辺にしとくか」
今夜は暗部の仕事がなかったので、つい夜更かしをしてしまったシカマルであったが、明日の下忍の任務に供えて、今夜は休むことにした。
薬はそのままシカマル家の地下にある研究室に置いて、シカマルは自分の部屋へ帰っていった。
翌朝、シカマルが置いたままにしていた薬を見てみると、そこには昨夜とは色も硬さも違う薬があった。
「…………どんな効力なんだ?」
色々と材料を変えてしまったために、どんな効力を持つのか予想もつかない薬となっていた。
「シカマル〜? そろそろ集合時間じゃないの?」
母の声が聞こえてきた。
この地下室のことはシカマル以外誰も知らない。ナルトですら知らないのだ。
だから、母はシカマルは自分の部屋でまだ寝ていると思っているのだ。
「…………」
どのような効果があるのか知りたいが、とりあえず今は任務を優先させた。
シカマルは薬を懐に忍ばせて地下室を出た。
十班のメンバーと会ったシカマルは任務を果たすため依頼主の家へ向かっていた。
「あれ〜? サスケく〜ん!!」
丘の前を通った時、いのがサスケの姿を見つけた。
突っ走って行くいのを止めることができる男はおらず、十班の男はいのの後を追いかけた。
「サスケく〜ん! スッゴイ偶然! やっぱり私達、運命の赤い糸で結ばれてるのよ〜!!」
サクラがいのをサスケから離そうとしているのも気にせずに、いのはサスケに愛の告白をする。
「お前らカカシはどうした?」
アスマの言葉に、七班の雰囲気が凍りついた。
「今日は七時に集合だったんです」
現在の時刻は昼の一時。
「いっつも遅刻してくるから今日は十時に来たんだってばよ」
「だけどあいつは未だにこない……」
ナルト達はいつ来るかわからないカカシを待つために、昼食を抜いて待っているらしい。
「お前ら……不憫だな……」
アスマは今にも涙を流しそうな表情をしている。
「はあ……アスマ、ちょっと待っててくれよ」
そう言うと、シカマルは何処かへ行ってしまった。
「あいつが進んで動くなんて珍しいわね〜」
幼馴染であるいのの言葉は確かで、全員が心の中で同意していた。
しばらくすると、シカマルは袋を持って帰ってきた。
「ほらよ」
シカマルは腹ペコな七班へ袋を差し出した。
ナルトが袋の中身を見ると、それは市販のお弁当であった。
「マジで?! シカマル!! サンキュ!」
袋の中からお弁当を一つ出すと、ナルトは隣にいたサクラへ袋を回した。
よっぽどお腹が空いていたのだろう、サクラ以外の二人は凄まじい早さでお弁当を口の中に入れていった。
「………………」
お弁当を頬張るナルトを見たシカマルは、一つの恐ろしい考えが頭に浮かんでしまった。
『(どうする……?! こんな恐ろしいこと……でも……!!)』
シカマルの考えとは、作った薬をナルトに飲ませるということであった。
今夜まで待てば、実験体にする人間を捕まえれるかもしれないが、シカマルは今、薬の効力を試したかった。
この中で、万が一のことがあったとしても、生きていられそうなナルトをシカマルの頭は選んでしまったのだ。
「……これもやるよ」
シカマルは脳からの指令に勝てなかった。
怪しまれないようにパックにつめておいた薬をナルトに渡した。
「……? ありがとうってばよ」
パックの中身はやや固体で、飲むゼリーみたいになっていた。
ナルトはシカマルから渡されたものを少し怪しんでいたが、けっきょく飲むことにした。
その味は、ほのかに甘く、ナルトの口にあっていた。
その薬を飲み終わっても、ナルトに変化はなかった。
「………………」
シカマルは無言でナルトを見ていた。内心、失敗だったのだろうかという思いが過ぎったが、そのような素振りは見せないように努力した。
「じゃあ、頑張って上忍を待ってろよ」
シカマルは、何気なくナルトの頭を撫でて、アスマ達と任務へ向かった。正直、ナルトの頭を撫でれたことだけで、シカマルは満足したのであった。
その日の夜、暗部の仕事を終えたシカマルはナルトに飲ませた薬のことなど忘れ、新たな薬の開発に臨んでいた。
「さあてと……」
そこら中に置いてある薬を片っ端から入れているように見えるが、実は分量を一グラム単位まで計算して薬をつくっているシカマル。今度は余計な好奇心など持たずに順調に薬の開発を進めていた。
「シカマル!!!」
誰も知らないはずの地下室への扉から顔を見せたのは紅焔であった。
紅焔の叫び声は地下室中に反響して、シカマルは思わず耳をふさいだ。
「シカマル!! お前、昼間ナルトに何を飲ませた!言ってみろ!!」
紅焔はシカマルの肩を揺さぶり、シカマルを問い詰めた。
「いや…あの……なんでこの場所が……?」
「オレの五感をなめるなよ!!」
どうやら紅焔は、聴覚と嗅覚を駆使してシカマルの居場所を突き止めたらしい。
何がなんだかわからない間に、シカマルは死の森の奥にあるナルトの家にまで連れてこられた。
今までも何度か修行をつけてもらうために訪れたことはあったが、こんなに夜遅く訪れたのは始めてで、夜に見るナルトの家は何処か恐ろしげな雰囲気があった。
「旦那〜! シカ坊をつれてきてくれたんですね!!」
「私は今のままのナルでもいいと思うんですがねぇ」
地衣鬼と恐女が奥の部屋からかけてきた。
何がなんだかわからないまま、シカマルは奥の部屋へと連れて行かれた。
「あ〜シカマル!」
そこには見た目は何も変わらないナルトの姿があった。………ナルトが可愛らしいヌイグルミを持っていることを除けば……だが。
「なんっすかあれ?」
「ナルトだ」
シカマルの問いに素早く答える紅焔。
「ただ、精神年齢が非常に下がっている。一般的な人間でいうなら、大体三歳といったところだ」
ちなみに、ナルトが三歳のときには十歳ぐらいの精神年齢であった。
「シカマルだろ! オレの精神をこんなのにしたのは!」
クナイを突きつけながら言うナルト。確かにいつもより沸点が低く、精神年齢が低いのがわかる。
三歳ぐらいの精神年齢となると、情緒不安定で、何が原因で怒りだすのかわからないのが恐ろしい。
「ナルト、シカマルを離せ。解毒剤を作れなくなる」
紅焔はシカマルからナルトを引き剥がす。
始めは不満そうにしていたナルトだが、すぐに紅焔の肩に乗って笑い始めた。
「本っ当に子供ですね」
「シカのせいだろ!」
頬を膨らませるナルトは可愛い。犯罪的な可愛さだ。恐女がこのままでもいいという気持ちがよくわかる。
「…………明日の任務ぅ」
泣きそうな目をしてナルトは言う。明日も下忍としての任務があるのだ。
暗部としての任務は、子供の精神でもできないことはない。しかし、下忍の任務はナルトにとって我慢の連続。このままの精神で耐えれるものではなかった。
少し残しておいた薬を分析し、解毒剤の開発に臨むシカマルだが、そう簡単には出来ない。
適当な材料を入れて出来た薬だけあって、まったくの未知なのだ。
それでもシカマルは頑張った。何故ならば、命がかかっているからだ。
「…………夜には何とかできるかもしれません」
必死に頑張ったシカマルが出した結論はこうであった。
夜明けまでフル回転させられたおかげで、何とか解毒剤の作り方はわかったが、それには時間が必要であった。
「下忍の任務……」
紅焔を見上げるナルトは必死に行くと、訴えていた。
最強の尾獣とはいえども、惚れた弱みというものが通用するらしい。
「…わかった。行ってこい。だけど、オレも外に出ておくからな」
紅焔は何とかナルトが笑ってくれる答えを出した。いつもは、ナルトが下忍として生活している間はナルトの中にいる紅焔だが、今回はどんなことがあってもすぐに助けに入れるように外へ出ておくつもりらしい。
「うん!」
笑顔で返事をするナルト。
「お前はここにいろよ?」
黒い笑みを見せ、シカマルを脅す紅焔。
「…………」
無言で涙を流すシカマル。
地衣鬼と恐女は、そんな様子をのほほんと眺めていたのであった。
いつものように遅刻をしてくるカカシをナルト達は待っていた。
「二時間に、甘栗甘のお菓子」
「……三時間にクナイ十本」
「…………………」
いつもと同じ賭け。
毎度毎度遅刻してくるカカシなので、ナルト達はある程度の時間になると、後何時間でカカシが来るか賭けをしていたのだ。賭けるものは大抵決まっていた。
サクラは甘栗甘のお菓子
サスケはクナイ
ナルトは一楽のラーメン
しかし、今回は違った。ナルトが参戦してこないのだ。
「ナルト……?」
「どうした? 怖気づいたか?」
サクラは素直に心配し、サスケは挑発するような口調だが、一応ナルトを気遣っているようだ。
「……………………………」
ナルトの口がかすかに動いた。しかし、何を言ったのかまでは聞こえなかった。
「え?」
「あのボケが……いい加減にしろ……………てば」
いつもの口癖が妙に取ってつけた感があるのは、気のせいではないだろう。
「…………………」
違和感はあるものの、ナルトの言っていることは正しく、常日頃から思っていたことである。
「………甘栗甘にでも行こうか?」
「ああ」
「そうするってばよ!」
どうやらナルトの機嫌は直ったらしい。
甘栗甘まで行くのに、当然里の道を通らなくてはいけない。
「……狐………」
「…死………殺……」
「消えろ……」
ナルトの耳に入ってくる言葉。サクラ達は何も知らず笑っている。
いつものナルトなら、同じように笑って甘栗甘まで行っただろう。しかし、今のナルトは違う。
「うるせぇ!!」
大通りのど真ん中でナルトは叫んだ。何も知らずに笑っているサクラ達にか、大人達にか……それとも両方にか……。それはわからなかった。
「オレ……だってな……。好きで、こんな……」
青い瞳から大粒の涙を流すナルト。そんなナルトに、大人達の攻撃が始まった。
「何でこんなのが聞こえるんだ?!」
「やっぱり化け物だ!」
「死んじまえ!」
「母さんの仇!!」
道の両端から拳ほどの大きさがあると思われる石が投げつけられる。
石がナルトの額にあたり、赤い血が流れる。だが、ナルトは大人達に攻撃を加えるようなことはしなかった。痛みには慣れているのだ。
「やめてよ!」
「何すんだ!」
サスケとサクラがナルトを守ろうと、盾になる。
「サクラちゃん…サスケ……いいよ」
ナルトは、自分の身よりサスケとサクラの身を心配したのだ。
普段から鍛え、危険な任務をこなしていナルトと違い、ただの下忍であるサクラとサスケは脆い。ナルトは、目の前にいる仲間を失うことだけはしたくなかったのだ。
「いやよ!!私はナルトが傷つくなんて嫌!!」
「オレもだ!」
ナルトが何を言っても二人は聞かなかった。ただ、ナルトを守ろうとする意思だけがあった。
大人達の攻撃はやまない。例えサスケとサクラが血を流そうが、ナルトが血を流そうが同じというかのように……。
「やめ……ろ……もう……サクラとサスケを……傷つけんな!!」
ナルトが大声を張り上げる。その声は、紅焔にも届いていた。
「……………ナルト」
紅焔がサクラ達の周りに結界を張った。
「紅焔…? 今まで……今まで何処にいたんだよ!!」
涙をボロボロ流しながら紅焔に抱きつくナルトに、サクラとサスケは嫉妬のようなものを感じた。
「今、出て行くべきではないと思っていた。これ以上里人を刺激してはいけないと思ったんだが……どうやら、間違いだったようだな」
紅焔は今もなお憎しみしか映っていない里人を一睨みした。その眼光は鋭く里人を射抜き、震え上がらせた。
怒りの紅の目と、憎しみの目が交差する。
「紅焔! サクラとサスケを……!!」
紅焔の服の袖を引っ張りながら、サスケとサクラのもとへ行こうとするナルトの耳に聞きなれた声がはいってきた。
「おい、結界の中に入っていいか?」
この禍々しい雰囲気の中、平然と結界をノックしたのは、シカマルであった。手には青い液体の入ったビーカーを持って眠たそうな顔を顔をしていた。
「入れ」
この場にシカマルがいることも、場の雰囲気を全く読んでいないことも紅焔やナルトにとってはどうでもよかった。シカマルが今ここにきたということは、解毒剤ができたということだからだ。
「出来たんだろうな?」
「ああ」
シカマルが紅焔に青い薬を渡す。紅焔はそれをナルトへ渡す。
ナルトは、薬の色を見て一瞬顔をしかめた。その薬はただの青色ではなかった。微妙に黒が混ざってマーブルな感じになっていた。
「……………………」
ナルトは目を瞑り、薬を一気に流し込んだ。以外に味は美味しかった。
「どうだ?」
「オレが作ったんだ。成功してるに決まってるだろ?」
偉そうに言ったシカマルを紅焔は睨んだ。大体からシカマルが薬をナルトに飲ませなければこんなことにはならなかったのだ。
「……反省はしてます」
頬をかくシカマルを殴ったものがいた。何を隠そうそれはナルトであった。
「って〜!」
ナルトに殴られたところを押さえるシカマルは、目でナルトに聞いた『戻ったか?』と。
「もちろん。さすがだよ大天才」
ナルトは静かに印を組んだ。
「忘却炉)の術」
ナルトの声は、周りの大人達とサスケとサクラの頭に深く浸透していった。
起きた時、全て忘れているだろう。
ナルトの涙も全て。
END