子守唄  手を伸ばすと、それを握り返してくれる手があった。
 たったそれだけのことが嬉しくて、何度も手を伸ばした。手は何度でも握り返してくれていた。
 手を伸ばすのが恥ずかしくなった。手はいつでもそこにあった。
「紅焔。何やってんだ?」
 珍しく、昼間から外へ出ていた紅焔に声をかける。
 見れば手を上にかざしているようだ。
「生きている実感をな」
 隣に座り、同じようにかざされた手を見上げる。太陽に照らされ、赤い血潮が見えるようだ。
「生きてるな」
「ああ」
 死体の手をかざしたことがないので、これが生きている証になるのかはわからない。
 しかし、今こうして手をかざしていることが、生きているということだ。
「あったかい」
 日差しを浴び、隣には心地よい人肌がある。
 この辺りは人も少なく、風の音と木の葉の音だけが静かに時間を感じさせる。午後は特に用事もなく、暇を持て余している。このまま寝てしまっても問題はない。静かにナルトのまぶたが落ちる。
「眠るのか?」
 問いかけに答えはなく、ナルトの体が紅焔にもたれかかる。
 ずるずると落ち、膝枕のような体制になる。
 子供のような寝顔に思わず笑みがこぼれた。夜になればまた任務がまっている。わずかな間でも、こうして幸せそうな表情を見ることができるのは喜ばしいことだ。
「眠れ。眠れ。母の胸で」
 優しい手つきで頭を撫でながら歌を歌う。
 妖怪の低い声は自然の音とよく混ざる。まるでその歌声も自然の一つのように辺りに広がった。
「眠れ。眠れ。母の手に」
 風がそよぐ。生き物達は柔らかな雰囲気に眠りを誘われ、その瞳を閉じる。
 紅焔の口で紡がれる魔法の言葉は日が沈むまで紡がれ続けた。
「……ん」
「起きたか」
 目をこすりながら体を起こす。
 寝起きの目に夕暮れが広がる。
「夕方?」
「ああ」
「寝すぎた」
 慌てて立ち上がる。
「まだ時間はあるだろ」
「寝起きで任務なんてできねぇよ」
 ナルトは紅焔へ向けて手を伸ばした。
「ほら、行こうぜ」
 差し出された手を見る。
「早く」
 嬉しそうな声に急かされ、手を握った。
「たまにはオレが差し出すよ」
 強く握られる。
 紅焔の手はずっとナルトのすぐ傍にあった。握ろうと思えばいつでも握ることができた。
 けれど、いつしかそれが恥ずかしくなり、握ることをやめた。それでも紅焔は手を差し出してくれる。それを握り返したことはない。
「だから、紅焔は握ってくれよ」
 恥ずかしげに笑う。
「無論だ」
 紅焔も笑い返す。
 手は暖かい。まるで太陽の光のようだ。
 手先へ流れる血の流れを感じることができそうなほど、今の二人は近い。手と手は強く握られ、離れることがない。
「紅焔、歌ってくれよ」
「ん?」
「歌ってただろ?」
「起きていたのか」
「いや。でも、夢の中で聞こえた」
 ナルトが音程を合わせてリズムを紡ぐ。紅焔のそれとはまた違っていたが、優しい音色だった。
「また、明日な」
「えー。今歌ってくれよ」
「これから任務だろ?」
「そうだけどさ」
 拗ねたようなナルトの頬をつつき、明日は必ず歌ってやると約束した。


END