生暖かい  鼻歌交じりに暗部としての仕事をこなす。
 赤い鮮血に交じった鼻歌がなんとも妙なハーモニーを繰り広げている。まともな人間がこの光景を見れば、不気味さに鳥肌を立てるだろう。
「どうした。えらく機嫌がいいではないか」
 人の姿で具現化した九尾が声をかける。碧い眼が嬉しそうに細められた。
「オレにはたくさんの親とじいちゃんがいるんだ」
 他の人間とは違う。それが楽しくてしかたがないという。踊るように死体を始末し、空に浮かぶ丸い月に手を伸ばした。浮かんでしまいそうなほど浮かれたナルトならば、あの月さえも手にすることができるのかもしれない。
「本当の親がいる。会ったことはないけどさ」
 ナルトとよく似たあの火影を思い出す。きっと、目の前の子と同じように優しく穏やかな笑みをする人間だったのだろう。
「んで、育ての親……火影のじいちゃんがいる」
 今はなき三代目はナルトを本当の孫のように可愛がっていた。そのことはナルト以上に九尾が知っている。体の内側からずっとその様子を眺めていたのだ。
 始めて二本の足で立ったときのしわくちゃな顔も、言葉を口にしたときの暖かな呼びかけも、九尾はすべて知っている。生温かいその空気に九尾も溶かされてしまった。人間のようになり、腐っていくのも今は楽しい。
「あと、エロ仙人」
 碧い眼はまぶたに隠れる。
「言ってくれたんだ。
 孫みたいだって」
 九尾は見ていた。
 生温かい空気に隠れて、冷たい極寒の空気が存在していた。存在してはいけないのだと言葉を突き刺されていた。だからこそ、ナルトにとって自分を包みこむ言葉は何よりもの宝となる。
 たとえば親であり、たとえば祖父である。または友という言葉もこの世にはある。
 どれもこれも、人間にだけ許された言葉だ。畜生はどれだけ近い距離にいたとしても、友にはなれず、親にはなれない。それが妬ましかった。
「オレのほうが強いし、才能があるけどさ」
 茶化すように笑う。
「そうだな」
 事実だと頷くと、少し恥ずかしそうに頬を染めた。
 そういえば、と九尾は思い出す。人間は親を超えて、一人前になっていくのだ。実の親は死んでいる。生きている祖父はすでに超えている。ナルトは何を目標に強くなるのだろうか。
「そろそろ戻るか」
 月が沈み始める時刻となった。闇が終わればナルトはまた姿を変える。
「ん。そうだな」
 足にチャクラをこめ、風のように駆ける。
「なあ、もう一人いるんだぞ」
「何がだ」
「オレの親」
 ちらりと見た顔は、悪戯をするときのそれだ。
 何を言うつもりなのか興味があった。
「ほう。誰だ」
 関わりのある大人の顔を思い浮かべるが、先ほどでてきた三人以外の顔は思い浮かばない。
 ナルトはクスクスと笑い、答えようとしない。わずかな苛立ちが沸き起こる。もともと気が長いほうではないのだ。棘のある声で答える気がないのならばいいと告げると、慌てて口を開く。こうしたところは子供らしい。
「お前だよ」
 その言葉は九尾の脳に届き、じわりと広がっていく。
「……つまらん冗談だ」
 親に、友になれるのは人間だけだ。
「冗談? 何言ってんだよ。
 九尾がいたから、オレは生きてるんだぞ」
 生きる術を教えたのは間違いなく九尾だ。ここまで導いてきたのも九尾であり、今もまだその背中を追い続けている。
「死なないでくれよ」
 ポツリとこぼされた言葉だ。
 ナルトを包んでいた暖かな空気は少しずつ破れて消えていく。暖かな場所になれてしまった体は、再び極寒に戻ることを拒否していた。
「主が望むのならば」
 顔を見ずに告げると幸せをまとった体が背中に飛びついてきた。
「離れろ」
「照れるなよ」
「照れてなどおらぬわ」
「ちょっとくらい甘やかしてくれよ」
 幸せの色が少しだけ暗くなる。
「……少しだけなら許してやらんでもない」
「ありがとう」
 背中から伝わるぬくもりが九尾をゆるやかに腐らせる。


END