壊れた人形
「紅焔がいるから平気だ」
そう笑っていた子供は、もう笑わない。
輝き続けていた瞳は虚ろで、どこを見ているのかわからない。
強気な言葉を吐き続けていた口は閉じられたまま。
「ナルト……」
呼びかけても、返事はない。
「ナルト」
青い瞳が紅焔を映すこともない。
「ナルトっ!」
言葉は届かない。
守ってやれなかった。だからナルトは自分のもとに帰ってこない。そんなことはわかっている。
「頼む……」
それでも、望まずにはいられない。
「オレを、見てくれ」
この願いは、贅沢なのだろうか。
誰にこの悲しみをぶつければいいのだろうか。
誰かに殺されたわけではない。誰かに追い詰められたわけでもない。ただ、不運だったと言わざる得ないのだ。誰も恨むことなどできない。
里の者も、この不運な事故を悲しんでくれた。里人にぶつけることもできない。
神という存在するのかも不確定な者を恨むことなどできない。
いっそのこと、全てを壊してしまえば楽になるのかもしれないと思ったが、それをナルトが望まないことくらいわかっている。
「何が欲しい?」
望まれないことはしたくない。望まれることをしたい。
「お前が望むものは何でも用意してやる」
金銀財宝。酒池肉林。何でも用意しよう。
「あ、でも女はダメだぞ?」
そう言って渇いた笑い声を上げる。
渇いた笑い声が暗い部屋に響く。笑い声は一つ。
「ほら、何でも言ってみろ」
ナルトが言葉を紡ぐことはない。
「…………そうだな。二人っきりは、寂しいな」
だが、紅焔は何かをナルトから聞いたかのように頷き、部屋を出た。
しばらくして、暗い部屋に光りが差し込んだ。
紅焔が外から帰ってきたのだ。
「ナルト。ナルト。ほら、二人っきりじゃなくなった」
紅焔が持つ縄の先にはキバとシカマルがいた。
気絶しているのか、目は硬く閉じられている。
「ああ、気絶していては意味がないな」
紅焔はそっと二人を抱き起こし、覚醒を促した。
「んっ……」
先に目を覚ましたのはシカマルだった。
「ここは……?」
暗い部屋だが、シカマルは昔から夜目がきくように訓練してきたので、うっすら部屋を見ることができた。
あまり大きくない部屋だが、家具が一つしかなく、広く感じる。
唯一の家具は、部屋の中央にある椅子だけ。
「あれは……っ!」
中央に鎮座するものを見てシカマルは思わず声を荒げた。
「ナルト!!」
「……あ? シカマル? どうしたんだ?」
ようやく目が覚めたキバはシカマルの目線の先を見る。
シカマルよりも夜目がきくキバはそこにあるのが何かすぐにわかった。
「……ナルト」
シカマルとは違い、キバは愕然と呟いただけだった。
「ナルトが二人っきりでは寂しいというのでな」
シカマルとキバは声の方を見る。
先ほどから誰かがいるとは思っていたが、現在の場所を確認するためにその人物を見なかったことをシカマルは後悔した。
「紅焔」
悲しげにキバは言う。
「やっぱ、狂っちまったのか?」
悔しげにシカマルが言う。
「何を言ってるのだ?」
「ナルトは! …………ナルトは、十年も前に死んだんだ!」
ただの事故だった。その日は雨が降っていて、ナルトは血を流して意識が朦朧としていて、任務から里へ帰るには崖を通らなくてはならなかった。
偶然が重なった。だから、ナルトは死んだ。
「ナルトの葬式の前に、死体と一緒にお前が消えちまったから、火影様は九尾が狂ったって……」
視線を紅焔から逸らしてキバが言う。
紅焔とナルトの仲のよさは誰もが知っていた。どんなに辛いことがあっても、どんなに悲しいことがあっても、ナルトは笑って言うのだ。
「紅焔がいるから平気だ」
と。
「何を言っている? ナルトはここにいる」
紅焔が笑う。
「……お前、正気じゃねぇよ」
まるでこの部屋の王のように椅子に鎮座いているナルトにゆっくりとシカマルは近づく。
暗闇でもはっきりとナルトが見える距離にまできたシカマルはそっとナルトの手を取った。
冷たい。そして、人間ではありえない感触。
「紅焔、お前さ……。ナルトを人形にしただろ」
椅子に座っていたのはナルトは人形だった。
ナルトと同じ色の髪。ナルトと同じ色の瞳。
「妖術ならできただろ?」
死んだ人間を人形にすることなど、妖術ならば簡単なことだ。
「ナルトは腐らない。ナルトはミイラにならない。だから、ナルトは生きている」
光りのない瞳で紅焔は二人を見た。
「なあ、そうだろ」
懇願するかのように紅焔は言った。
「ナルトは生きてるだろ?」
泣きそうな声だった。
「ほら」
ナルトの手に頬をすり寄せるその姿はあまりにも切なかった。
「違っ――」
「そうだな」
キバが否定の言葉をかき消すかのように、シカマルが肯定の言葉を言った。
「だけど、こんな暗いとこにずっと閉じ込めてたら、ナルトも元気なくなっちまうよ」
だから、外へ出したい。シカマルは紅焔を静かに宥めた。
「……そうか、最近笑わないのはそういう理由か」
シカマルの言葉に納得した紅焔はナルトを横抱きにして外へ出る。
その後をシカマルとキバは黙ってついていった。
この狂った狐をどうすればいいのだろうか。
END