主のために  いつだったか、子供は言った。

「お前が憎い」
 我はそれでいいと答えた。

「お前がいなければ」
 もっともな言葉だった。

 我は自分のしたことが間違いだとは思っていない。里を壊滅寸前にまで追いやったことも、後悔していない。だが、子供が我を憎むのは間違いではない。
 由緒正しい血筋として、その才覚を認められ、周りに暖められて生きるはずだった子供。今では暗く湿った場所に閉じ込められている子供。
 許しは必要ない。憎みたいだけ憎めばいい。恨みたいだけ恨めばいい。そうやって、我と共に死んでゆけばいい。
 子供はいつも泣いていた。大人に殴られ泣いていた。呪いの言葉をぶつけられ泣いていた。それでも子供は愛していた。世界と里と大人を。

「オレは一人だ」
 いつも子供は一人だった。

 誰も近づかず、近寄らせない。子供は自分の立場を理解していた。
 子供は泣かなくなった。代わりに笑うようになった。心の中に闇を住まわせ、顔で笑顔を見せる。


「オレはお前を殺す」
 子供は強くなった。人知れず努力し、それを悟られず、力をつけていった。我一人が死ぬのも悪くはない。


 いつの間にか子供は一人ではなくなっていた。たくさんの名をその口でつむぐようになった。
 心の中に住まわせていた闇が徐々に消え始める。

 子供は己の力を友にも隠した。友に恐れられるのが怖かった。子供が我を恐れるように。
 少しの不幸と、多くの幸せを子供は見つけた。一人で力をつけるのをやめるようになり始めた。
 友と過ごし、子供は忍になった。
 教師と友と、子供。彼らは日々修行に明け暮れた。子供にとってそれは簡単なことだったが、子供は一生懸命になっていた。
 子供は必死に生きていた。

 友は子供を助けるようになった。子供が大人達に暴力を振るわれれば助け、呪いを吐かれれば駆けつけた。
 子供は本当の笑顔を見せるようになった。


 我は一人だった。


 子供はもう我のところにはこない。
 くる必要がない。

 心に住まわせていた闇はとうの昔に消え去った。
 いつかは里の者どもに目にものを見せてやろうと思っていた気持ちが失せた。
 我への憎しみも、殺意も、何もかも失ったのだ。
 子供にとって、それが一番幸せなことだった。
 我は子供が幸せでなくともよかった。だが、不幸せでなくともよかった。ただ、現状を受け入れるだけ。

 子供が欲するのならば、我の力を貸そう。
 子供が殺しにくるのならば、受け入れよう。

 何の異変も、刺激もない。緩慢な日々だった。


 子供はまた泣いていた。


 最も愛していた、年老いた老人が死んだ。
 最も信頼していた、友人が裏切った。

 子供は涙で海を作った。
 とても居心地が悪かった。

 我は思った。
 子供が泣かぬ世界になればいいと。
 そのために我が動こうと。


「ナルト。我の愛しき子よ……」


 主に世界を与えてやろう。



END