心中
言いたくないこと。教えて欲しかったこと。お互いを大事に思っているからこそ、矛盾が生じる。
「……なあ、なんとか言ってくれよ」
人間の目では一寸先も見えぬほどの暗闇の中で、ナルトは紅焔にすがった。抱きつくナルトに紅焔は何も言わず、何もしない。ただされるがままになっている。
あと少しで、ナルトの悲しむ姿を見ずにすんだのにと、紅焔は心の中で悔やむ。
自分勝手な願いだとはわかっているが、できることならば自分が消えた後に泣いて欲しいと思っていた。自分ではない誰かに泣きつくことなく、一人で悲しんで欲しいと。
「紅焔!」
ナルトが瞳に涙をいっぱい溜めているが、あえて見ないふりをする。
見てしまえば、苦しくなるだけなのだ。
「オレ、気づいちまったんだよ……」
紅焔から離れ腹をさする。
「ここから、お前が消えていく」
「言うな」
あまりにも悲しげな表情をするナルトに、思わずきつい口調で言ってしまう。しかし、それでもナルトは止まらない。
「お前が! オレに! 溶けていく!」
一言一言を、強調するように言ったナルトは、そのまま膝から崩れ落ちた。目からはとめどなく涙が流れている。忍の性か、大声を上げて泣くようなマネはせず、声を押し殺して嗚咽をもらしている。
ナルトの言ったことは事実だった。
紅焔を封印していた術式は、徐々に紅焔とナルトを同化させていった。ナルトの肉体や精神に負担がかからない程度に、少しずつ混ざりあっていた。当然、紅焔は気づいていた。自分の体が溶けているのだから、気づかないほうがおかしい。
始めは、完全に混ざりあってしまう前にナルトの体を食い破ってやるつもりだった。ナルトの夢に現れ、一人で悲しんでいるナルトを励ましたのも、具現化させるための方法を教え、身近に感じさせたのも、全てはナルトを絶望へつき落とすためだった。
よくある物語のように、紅焔はナルトに惹かれた。必死に生きる姿が美しく、笑う姿を愛しいと感じた。
もう、紅焔にナルトを食い破ることはできなかった。
「うう……。オレ、お前がいなくなったら……」
紅焔はナルトを殺せなかった。けれども、ナルトは紅焔がいなければ生きていけなかった。
味方などいない時間が長かったためか、ナルトは他人を信用することができない。暗部として、多くの仲間を得た今でもそれは変わらない。これは、一種の依存だ。
「やだよぉ」
涙を流し、すがりつくナルトの姿は、捨てられまいと必死になっている女を彷彿させた。
「なんとか、言ってよぉ!」
紅焔は何も言えなかった。
別れの日は明日だ。もう何もできない。紅焔が助かる手段などもうどこにもないのだ。言える言葉があるとするるならば一つだけだ。
「さようならだ」
息を飲む音がした。
紅焔の声が、言葉が、瞳が、もう助からないのだということを伝えている。
「――そっか」
涙は止まった。
手からは力が抜けた。
瞳からは光が消えた。
「じゃあ、オレも死ぬ」
「は?」
満面の笑みだった。
「だって、オレは紅焔がいないと生きていけないもん」
ここに第三者がいたならば、紅焔と混ざり合ったナルトの体を大切にするべきだと訴えたところだっただろう。
「……本当にそれでいいのか?」
だが、紅焔は第三者でもなければ、人間でもない。ナルトの考えを肯定した。
「うん。だって、紅焔と混ざったオレはオレじゃないし、紅焔でもない。そんなのいらない」
そっと紅焔の手をとる。
「ねえ、殺してくれる? それともオレに殺される?」
クナイを取り出し、目の前に突き出す。
「共に」
「そうだな」
取り出したクナイを紅焔に渡し、自分は新しいクナイを取り出す。
「心中ってやつだな」
「いいだろ?」
二人は薄く笑いあう。
紅焔も寂しかったのだ。ナルトを残して消えるのは不安でもあった。共に死んでくれるというのならば、そこに乗らない手はない。
「向こうで、幸せになろうな」
「無論だ」
クナイは互いの心臓を貫いた。
痛みを感じる。苦しさを感じる。それでも、幸せを感じた。
END