死のない人
生きているものはいずれ死ぬ。当然のことわりであり、誰もがそれを受け入れている。
「ご冥福をお祈りいたします」
周りは黒い服ばかり。今日も誰かが死んだ。故人と親しい関係にあった者達は涙を流している。
「あなたは……」
「はじめまして。彼女には生前よくしてもらっていた者です。
ご家族の方とお会いするのは初めてですね」
初老の男は悲しげな瞳を遺族に向ける。
「そうでしたか。
母から、知り合いはみんな先に亡くなってしまったと聞いていたものですから」
見知った者達だけの中で、目の前の老人だけは見覚えがなかった。部外者かとも思ったが、わざわざ知らぬ人間の葬儀に出席する物好きがいるとは考えられない。故人の息子は老人の言葉を信じ、再び親族の輪の中へと戻っていった。
「彼女にとって、オレはもう、知り合いじゃなかったのかな」
小さく紡がれた言葉は、老人には似つかわぬ若々しい声だった。
老人は彼女の葬儀に粛々と参列した。
故人は多くの人に慕われたいた。それは親族だけではなく、まったく関係のない人間にもそうであった。優秀な忍として生き、その任を降りてからは幼い子供達にその技術を伝えた。ここ百年の中で五本の指に数えられるほど優秀な忍だった。
弟子も多く、参列者の中には幼い子供も見受けられた。
参列者の中で老人は目立っていた。彼ほど年老いた人間は他にいなかった。
彼女の同期は優秀な忍が多かったが、皆短い人生を送ってしまった。惜しまれながらも一人、また一人とその命の炎を消していく。今日、最後の炎が消えたのだ。
「お疲れさま」
老人は彼女の遺影の前で静かに呟いた。
葬儀が終わると、老人は早々にその場を離れた。別れを惜しむでもなく、火葬場へ行くこともなかった。
「お帰り」
老人の前に一人の青年が現れた。赤く長い髪をしたその青年は、両腕で老人を抱きしめる。そして優しく背中を撫でてやる。
「うっ……」
今まで涙を流さなかった老人が涙を流す。同時に、その姿は歳若き青年のものへと変わる。金色の髪の少年へと姿を変えた老人は未だに涙を流している。肩を震わせ、涙を流すその姿は弱々しい。
「ナルト。ひとまずここを離れよう」
青年はナルトを抱き上げ、その場を離れた。
「オレ、本当に一人になったんだな」
「……すまん」
ナルトはたった今葬儀を行った彼女の同期だった。
昔は互いに競い合い、修行をした仲だった。それが壊れたのは、同期のメンバーが全員上忍になったころのことだ。
ナルトの体は成長をやめた。
当時、里の上層部では大規模な会議が行われたらしい。議題は一つ。ナルトを殺すか否か。というものだ。ナルトはただの人柱力ではない。里の恨みつらみを一身に受けた存在だ。負の象徴ともいえる存在が成長をやめたともなれば、里の中は混乱の渦に巻き込まれるだろう。
結論を言うならば、ナルトは殺されることになった。
里に忠誠を誓う忍とはいえ、無実の罪で殺されるのはごめんだ。ナルトは腹に抱えた九尾、紅焔と逃げ出した。
表向きには抜け忍として処理されたが、追手が放たれることはなかった。
「みんな、死んじゃった」
ナルトは涙を流す。
かつての仲間達は自然のままに歳をとり、理にのっとって死を迎えた。
今までナルトは仲間達を見守っていた。危険な任務があると聞けば、陰ながら手助けをした。誰にも感謝はされなかったが、ナルトは自分のしていることが無意味だとは思わない。
無事でいて欲しいのはナルト自身なのだ。
一日でも長く、己のことを知る人物に生きていて欲しい。そんなエゴから守っていた。だが、今日すべてが終わった。守る存在が消えてしまった。
ナルトは一人になってしまったのだ。
もはやナルトのことを覚えている人物など一人もいない。歴史の闇に葬り去られた存在でしかない。
自分の体が消えていくような感覚に陥る。ふわりと空気に溶け、砕けて土に還る。なのに、今もこうして紅焔に抱きしめられている感覚がある。矛盾した感覚に目が回る。吐き気がした。
「大丈夫だ」
優しい言葉には何の力もない。
「怖い、怖い、怖い」
抱きしめてくれている温もりを感じていても、一人っきりだと感じてしまう。罪悪感が幾重にも重なってくる。
「我ではダメなのか?」
悲しげな声が聞こえる。
胸に顔を押し付けながら首を横に振る。いてくれるだけで幸せを感じることができる。しかし、紅焔は人間ではない。
「……オレも、か」
いつまで経っても大人にならない体を見て呟く。
「ナルト」
優しい口づけをされた。
「紅焔?」
「我と生きよう。
それがいやなら、我と死のう」
どちらを選ぼうと、紅焔は笑っているだろう。
これは愛だ。
「本当?」
ナルトが紅焔の首に腕を回す。
「ならさ――――」
耳元で告げられた言葉に紅焔は笑みを浮かべる。
「ああ。そうだな」
これは愛なのだ。
まぎれもない純愛。
END