信用していいですか  まだ幼い頃の話。
「よーし、そろそろ帰るか」
 真夜中、何の匂いもつけていないナルトが背伸びをした。
 仕事の後とはいえ、己の体に匂いをつけるのは自殺行為なのだ。
「まだ敵が残ってるかもしれない。気をつけろ」
 明らかに気の抜けてしまっているナルトをたしなめるように言う。
 心配してのことだったのだが、当の本人は右から左へ聞き流すだけ。
「まったく……」
 原因はわかっている。
 ナルトはあまりにも強い。その身に九尾の妖狐を宿しているため、チャクラは無限に湧き出る。血筋もあってかチャクラの使い方は上手い。印を組むのも慣れたものだ。
 今のところ、任務には紅焔もついているために、危険に陥ったこともない。
「平気だって。オレを信用してないのか?」
「いや、そういうわけではないが」
「ならいいじゃん」
 信用していないのかと問われると紅焔は弱い。
 どうしようもないほどナルトのことを愛しているのだ。彼が己を宿しているがために、他人から信用、信頼されない人間になってしまった。誰からも信用されないナルトもまた、他人を信用しない。
 ゆえに、その言葉は他の何よりも重い。
「早く帰って、一緒にゆっくり飯でも食べようぜ」
 差し出される手を迷うことなく掴む。そうすることができるのが誇りでもある。
「……そうだな」
 握る手をさらに強くする。
 静かな夜に、肉を刺す音が聞こえた。
「誰だ!」
 ナルトの腹をクナイが突きぬけた。
 視線を向けた先には、一人の暗部がいる。おそらく、先ほど一掃した者の仲間なのだろう。仮面で向こう側から、確かな殺意を持って紅焔を睨みつけている。
「忍なら、憎しみに囚われるな」
 冷たい視線を向け、紅焔は手を横に振った。
 手が通った場所に青白い炎が浮かぶ。印を必要としない妖術は、相手よりも先に攻撃ができる。
「死ね」
 言葉が紡がれたとき、男の生は終わった。
 青白い炎に焼かれ、呻くこともなく消えていった様子は、ある意味忍らしいものだった。
「ナルト! 大丈夫か?」
 赤い血を流して地面に伏せているナルトに近づく。
 クナイには毒が塗られていたようで、治りが遅い。貫通したのは男がチャクラを腕に集中させたからなのだろう。何にせよ、傷は深い。
「あー。紅焔の言ったこと、聞いとけば、よかったな……」
 驚異的な回復力により、多少の毒は体内で浄化できる。傷も明日には動けるほどには回復しているだろう。死にはしないが、痛みを感じることに変わりはない。
「すぎたことは仕方がない。次からは気をつけろ」
「へへ……」
 傷に響かぬようにそっと力のない体を抱き上げる。
 音も立てず静かに里へ帰る途中、小さく呟くように言った。
「紅焔は、いい忍だよな」
「は?」
 聞き返したが、ナルトは目を閉じて眠りについていた。
 傷を治すための本能なのだろうが、さきほどの言葉の意味を聞くことができない。
「忍? このオレが?」
 妖怪である紅焔は忍どころか人間ですらない。
「忍といえば――」
 人間達のいう忍というのを漠然と思い描く。
 心がない殺人兵器。闇夜の暗殺者。
「『忍なら、憎しみに囚われるな』」
 ふと、先ほど自分が告げた言葉を思い出す。
「……ああ、そういうことか」
 立ち止まり、眠るナルトの表情を見つめる。
 憎しみに囚われないということは、目の前で誰が殺されようと、助けず、敵を殺すということ。あの瞬間、ナルトを助けるのではなく、敵を殺した。
 忍としては正しい行為だった。ただ、ナルトの目にはどう映ったのだろうか。
 ある種、最も憎むべき忍に似た紅焔。
「すまない」
 寂しかったのかもしれない。
 心配して欲しかったのだろう。
 叫んで、駆け寄って、抱き締めて欲しい。
 まだ幼い子供からの叫び。


END