裏表
夜も昼も任務。任務。任務。
ナルトはいい加減、こんな生活に飽き飽きしていた。
「おっはよー。サクラちゃーん(あ゛ー眠りてぇ)」
「あ、おはよ」
「遅いぞうっすらとんかち」
下忍としての任務をこなすため、集合場所へ行ったナルトだが、当然カカシはいない。
そろそろ本格的に締め上げたほうがいいのかもしれないと思い始めてきていたナルトの周りの空気は冷たく、サクラとサスケはナルトから一歩離れたことろで小さくなっていた。
「……なんか、寒いわね」
「…………」
ナルトに聞こえないように小さく囁きあう二人だが、ナルトにはしっかりと聞こえている。
「(この距離でオレ様に内緒で話しなんてできると思ってんじゃねーよ)」
暗部の仕事で鍛えられた耳に聞き取れない会話はない。
カカシはこない。任務で眠い。同じ班の奴は人をのけ者にする。ナルトはだんだんイライラし始めた。そんなときに聞こえてきた鳥の鳴き声に空を見上げると、任務を知らせる鳥がナルトの上を飛んでいた。
「(あの爺……っ!)」
疲れが溜まっている自分をまだ酷使するつもりか! と、怒りで身を振るわせつつもナルトは素早く影分身と入れ替わりその場を離れた。
ナルトの本体が離れると同時に場の空気はいつもと変わらない温度へと変わり、サクラとサスケを困惑させた。
「何やってんだってばよ?」
影分身が二人に尋ねると、二人は黙って首を横に振った。
「そろそろカカシ先生がくるころね」
「いっぺんギッタギタにしてやるってばよ!」
「お前じゃ逆にやられるだけだ」
「んだとー!」
「やめなさいよ!」
いつも通り喧嘩を始める二人を止めるのはサクラの役目。二人を引き離し、喧嘩を強制的にやめさせる。
「やー諸君おはよう。今日は――」
「「はい、嘘!」」
もはや言い訳を聞かなくなった部下達に多少の寂しさを覚えつつも、表情には出さず今日の任務を告げる。
「で、今日の任務は……なしになりました」
カカシの言葉に三人は目を見開き唖然とする。わざわざ集合させられて、何時間も待たされて、その結果がこれでは報われない。
「じゃ、解散」
そう言ってすぐにカカシは姿を消した。残された三人はカカシがいた場所を睨みつけるしかない。
「な……何よあれー!」
「ふざけんなってばよ!」
文句を並べる二人とその横で怒りに震えるサスケ。
「あーもう! せっかくだからデートでもしない? サスケ君」
サクラの提案をサスケはあっさりと却下。すたすたと黙って帰って行ってしまう。
「待ってよ〜」
サスケの後を追うサクラ。いつもならばここでサクラをナルトが追うのだが、今回はサクラを追いかけなかった。寝不足などで疲れきっている本体にいつまでも影分身をさせておくのが忍びなかったのだ。
本体が疲れきっていたからか、ただ単に影分身が鈍いのか、ナルトの影分身は案外近くにいたカカシに気づかなかった。
カカシは木の上から影分身を見ており、影分身が消えたことを確認してからサスケとサクラのもとへ行った。
「よっ!」
「あー。何よカカシ先生」
「まさか、実は任務があった。とか言うんじゃねーだろうな」
突然現れたカカシを二人は親の仇を見るかのような目で見た。
「ち、違うよ〜。実はね……」
暗部の仕事は予想以上に簡単なものであり、これくらいならば他の忍でも大丈夫だったのではないかとぶつぶつ文句を言いながらナルトは帰ってきた。
影分身のおかげで、今日の任務がなくなったことを知っているナルトは、これ幸いと今日一日中寝て過ごすことにした。
「あ……花に水をやらないと……」
昼も夜も任務で忙しいナルトだが、植物の水やりだけは毎日かかさずやっていた。長期間の任務についているときなど、わざわざ影分身を送ってまで水やりをしているのだ。
狭い部屋に置いてある植物達にナルトは丁寧に水をやっていく。
「ほら、大きくなれよ」
植物一つ一つに声をかけていく。
小さな植物には大きくなれと。可愛らしい花には今日も可愛いと。そして最後に一番大きく、立派な木に水をやりながらナルトは
呟いた。
「……あいつらも薄情だよな」
あいつらとは七班のメンバーを指す。
「忍のくせにオレがいなくなったことに気づきもしなかったな。レベルが低いんだよ」
言ってからナルトはその場にしゃがみこんで頭をかかえた。
「……違う。そう言うことが言いたいんじゃなくて……!」
「もう少しオレのことを見てくれてもいいんじゃないかっていうか……」
「別に相手にして欲しいとかそんなわけないけど……」
一人でぶつぶつ言い始めるナルト。正直に言えば怪しい。
「まあ、あいつらの前ではドベの仮面被ってるから、素直になる必要もないんだけど……」
「いやいや、別に素直になったらどうということじゃないけど」
そんな悶々とした解決策などないことを長い間ナルトは呟き続けていた。ナルト本人も答えや解決策は求めていないのだろう。
「あー。もういいや。寝よ」
せっかくの休みが台無しになってしまうと、ナルトはベッドに飛びこんだ。
「……久々のふ、とん……」
久々にゆっくりできる時間ができたナルトは布団の心地よさに身を任せ、深い眠りに入った。
ナルトは眠っていても気配には敏感に反応することができる。
部屋の扉の前で誰かがとまる気配で目が覚めた。おそらくまだ眠ってから二、三時間しか経っていないだろう。
今日は任務がないはず。ここに他人が来る理由がない。不思議に思いつつ、扉の前の人物がノックをするのを待つ。
「………………」
いつまで経ってもノックをする気配がない。
新手のストーカーかっ?! と思ったナルトだったが、自分は男で、しかも里一番のキラワレモノだったと思いなおす。
だったらいったい何なのだろうか? と扉の前に意識を集中する。
「……でも…………もし……」
「…………が……早く…………」
「なら……くん…………が」
声はサクラとサスケのもののようだったが、何を話しているのかまではわからない。
「休日に迷惑な……」
嘘だ。本当は嬉しい。休みの日に……いや、普通の日にさえ、ナルトの家を知り合いが尋ねてくるなんてことは今までなかった。
これは、まるで……。
「友達、じゃねーぞ」
誰かに言う。心にもないことを。
嬉しいと思うということが怖い。自分の勘違いだったらと思うから。
だから心にもないことを呟いて喜びを遠ざける。
コン。コン。
ようやく決心したのか、ノックの音が聞こえる。
「…………はーい」
少し迷ったがナルトは返事をした。
何の用だろう? どんな顔をしたらいいだろう? ナルトは今までのどんな任務よりドキドキした。
「お、起きてたのね?」
「おい、寝癖がついてるぞ」
扉を開けると予想通りの二人が立っていた。
安心したような表情のサクラと、珍しくナルトの見た目を気遣うサスケ。そんな二人を見て、ナルトは余計にどんな表情をするべきかわからなくなった。
「今日、ヒマよね?」
表情を決めかねてぼんやりしていたナルトの腕をサクラが掴んだ。
「ヒ、ヒマだってばよ?(お前らほどじゃねーけど)」
『仮面のナルト』は素直で羨ましいと『本当のナルト』は思う。
誰にも聞かれていないとはいえ、余計な一言、酷い言葉を吐く自分をナルトは深く恥じていた。
「じゃあ行くぞ」
言ったのはサスケ。
どこへ行くのかと聞く前に、ナルトは二人に引っ張られた。
「な、何だってばよ〜!」
素も仮面もなく、ナルトは心の底から叫んだ。
ナルトからみればたいしたスピードではないとはいえ、常人からしてみればかなり早い。そこまでしてナルトをどこに連れて行きたいというのだろうか。
「なぁってば……!(オレの質問に答えろよ!)」
引っ張られながら聞くナルトの言葉を二人は無視する。
今の二人に何を言っても伝わらないと判断したナルトは、おとなしくついていくことにした。
しばらく行くと、今日は使われる予定のない演習場についた。
「……? こんなところに何のようだってば?」
見たところ何もない。七班で修行でもするのだろうかと、ナルトは思ったが、すぐに周りに見知った気配があることに気がついた。
「ナルト」
サクラが手に力を入れる。
「…………」
このままリンチでもされるのだろうかとナルトはぼんやり考えた。
「お誕生日、おめでとう」
「――――え?」
優しい言葉。今まで浴びせられた言葉とは違う温かい言葉。その言葉の意味をナルトは理解できずにいた。
「おめでとう」
「お誕生日おめでとう!」
しげみの中から出てきた同期達と担当上忍達。気配でみんながいるのはわかっていたが、こんな展開は予想していなかった。
「本当はちゃんと誕生日にお祝いできたらよかったんだけど……」
サクラが眉を下げて申し訳なさそうに言う。
「お前の誕生日がややこしい日なのが悪いんだ」
サスケが眉間に皺を寄せて言う。
ナルトの誕生日は九尾が来た日。忌々しい日。誰かを祝うような日ではない。
「誕生日……」
そんな日があるということなんて忘れていた。
「ほら、プレゼント」
一人一人から渡されるプレゼント。
写真立てやクッキー。珍しい虫。一目で誰がどのプレゼントをくれたのかすぐにわかる。
「あ、ありが――」
気持ちが素直に口から出てきそうになった。だというのに、邪魔が入った。
すぐ近くに他国の忍がいる。いつものナルトならもっと早く気づけたはずだった。ただ、サスケとサクラの行動に気を取られすぎていた。ただ、みんなが祝ってくれたことが嬉しすぎた。
ナルトが行動を起こそうとしたとき、敵の忍は自分の一番近くにいたナルトを殴り飛ばしていた。
避けようと思えば避けられたのだが、周りの者達に正体をばらすわけにはいかなかった。
「――っ!」
衝撃でプレゼントが散らばった。
「名家の子供を渡してもらおう」
忍が散らばったクッキーを踏みつけて言う。
「せ、先生!」
「お前達は下がってろ!」
上忍達は部下達を自分の後ろに下がらせたが、忍の向こう側にいるナルトはこちらにこれない。
「ナルト! じっとしておけ!」
部下を助けだそうと、カカシが構える。
「おとなしく名家の子供を渡せば他の者は助けてやるぞ?」
条件を出している割りに、忍も反撃の態勢をとる。忍の足の下にあったクッキーがさらに砕けた。
「馬鹿を言うんじゃないよ!」
今、この場にいる子供達の半分以上が命家の子供であり、守らなければならない部下だ。
三対一という状況だというのに、忍は動じない。おそらく自分に自身があるのだろう。
「おい……。あんた、今日は退いた方がいいぜ?」
上忍達の後ろから声があがった。冷静で、真剣で、少し焦った声。
「あぁ?」
「キバっ!」
声の主、キバに向けて明らかな怒りを見せる忍を見て、紅はシカマルを小突いた。
「お前っ! ちゃんと空気読め!」
「あいつが怒ってる」
キバが指さす先には感情の消えた目で忍の足元をじっと見ているナルトがいる。
「なんだ? こいつ」
忍はナルトを訝しげな目で見て、一歩退いた。そこにはシノが捕ってきてくれた虫がいた。
「……あ」
潰れた虫を見てナルトが声をあげる。
同時に、氷つくような殺気が空間を埋め尽くした。
「――――っ?!」
上忍三人を敵にしても退かなかった忍が後ろに後ずさった。
忍の先にはもちろんナルトがいる。じっと砕けたクッキーと虫を見ている。
「……あ、終わったな」
キバが呟いた。その瞳に光りはなかった。
「始めて……始めてだったのに……」
顔を上げ、忍をじっと見る。
「せっかく、このオレが素直になるところだったのに」
「なんで、こんなにタイミングがわりぃんだよ」
「答えろよ」
「なあ」
「…………死ぬか?」
誰にも何も口を挟ませず、ナルトは言葉を並べ続けた。
「ナルト。殺りすぎんなよ」
キバののんきな口調が場に不似合いだ。
「わかってる」
一言で返すと、ナルトは忍に飛びかかった。
「ぎ、ギャァァァァァ!」
凄まじい叫び声が聞こえ始めたので、キバは下忍達と上忍達を少し離れたところへ誘導した。その間に叫び声は徐々に小さくなっていっていたが、気にしないことにした。
「え、何アレ」
カカシが忍に馬乗りになってひたすら殴っているナルトを指さす。
「どうみてもナルトだけど?」
キバが答える。
「オレさ、鼻いいじゃん? たまにナルトから血の匂いとかしたのに気づいてさ、ナルトに色々教えてもらったんだ。
ま、戦いに関することは教えてくれねーんだけどな」
色んな話をナルトに聞かされてきたキバは、ナルト自身が気づいていないことにも気づいていた。
「ナルトって、寂しがり屋だからさ、みんなの気持ちが嬉しかったんだよ」
だからそれを踏みにじった忍が許せなかった。
「別にそーいうわけじゃねーよ!!」
忍をボッコボコにし終えたナルトがキバに言った。
「素直じゃねーだろ?」
キバが笑う。
みんなも笑った。
END