悪いの?  ナルトは里の端にある家に監禁されていた。物心ついたときにはその状態だったので、不満も何もない。外の世界を見たことがないから憧れない。
 光を浴びないので、肌は気味が悪いほど白い。瞳は病的に赤かった。
「ほらよ」
 扉の向こうに、食事が置かれた。
 向こう側にいる人はこちら側にはこない。顔も見せない。それもナルトにとっては当たり前のことだった。
「おいバケギツネ」
 いつもこう呼ばれているので、自分の名前はバケギツネだと思っている。
「なに?」
 滅多に使われることのない声帯は衰えており、掠れたような声になっている。
「オレの家族はお前に殺されたんだ。何でお前なんて生きてるんだ。死んでしまえ」
 罵詈雑言の嵐。
 常人ならば耳を塞ぎたくなるような言葉にも、ナルトは動じない。
「なんで、おれはいきてるの?
 なんで、おれがころしたの?
 ころしたってなに?
 いきるって、ごはんをたべて、こうしておはなしすることでいい?」
 こんな疑問に誰も答えない。ナルトからの言葉は必要としていないのだ。
 もっといえば、扉の向こう側の人間からしてみれば、中にいるのはナルトでなくてもいい。人形でもいいのだ。
 ただ、そこに『バケギツネ』がいるという認識さえできればいい。その存在に憎しみをぶつけられればいい。
『ナルト』
 誰かが呼んだ。
 ナルトは扉の向こう側を見るが、気配はない。
『ナルト』
 再び呼ばれた。ナルトは自分が呼ばれているとは思っていない。誰もいないはずなのに、声が聞こえるという事態に興味があるだけだ。
『こっちだ』
 そう言われた瞬間、目の前の景色が変わった。
 目の前には扉ではなく大きな門がある。足元は冷たい床ではなく、生暖かい水。
「始めまして」
 門の向こう側に何かがいた。
「……だれ?」
「お前はいつも疑問ばかりだな」
 何かはあざ笑うように言った。
 満足に力の入らない足でナルトは立ち、門へと近づく。
「ワシはお前の中にいるバケギツネさ」
「それは、おれのことじゃないの?」
 何かは大きな狐だった。外の世界を知らないナルトはそれが狐だとは認識できなかった。それどころか、生きている何かを見るのが始めてだった。
「お前はナルトだ」
「なると」
「そうだ」
 何度か口の中で自分の名前を繰りかえす。
「哀れだな。そうだ。特別にお前の姿も教えてやろう」
 狐が煙に包まれたかと思うと、すぐに白い肌と赤い瞳を持った少年が現れた。
「これがお前の姿だ」
「……おれ?」
 門越しにナルトは自分の姿を見る。
 目の前にある姿と、比較する対象が何もないので何も思わなかった。
 漠然と、これが自分なのだと認識する。
「お前は知らんだろうが、この姿は異常だ」
 門の向こう側のナルトが口角を上げる。

「日に当たらぬゆえに白い肌。
 光を見ぬゆえに赤い瞳。
 部屋から出ぬゆえに細い体。
 言葉を交わさぬゆえに出ぬ声。
 外を知らぬゆえに憧れを抱かぬ心。
 人の陽を知らぬゆえに狂った精神」

 淡々と説明されるが、それらの何が悪いのかわからない。もっとも、狐の言っていることの半分は理解できない。

「しろいはだめなの?
 めがあかいとだめなの?
 おれのからだはほそいの?
 このこえはでていないの?
 そとってなんなの?
 おれは狂ってるの?」

 首を傾げるナルトに狐は手を伸ばす。
 頭をくしゃりと撫でてやり、清々しいほどの笑みを浮かべる。
「異常だ。いけないことだ。存在が罪だ。
 だから、ワシと代わらぬか?」
 門に貼り付けられている札を取ればそれですむ。狐はナルトを誘惑する。
「他の人間を見せてやろう。外も見ることができる。さあ、札を取れ」
 ナルトはしばらく狐の瞳を見つめ、首を横にふった。
「きっと、おれは死んでしまう。
 ふだをとったら、はらをくいやぶられてしまう」
 何故そのことをナルトが知っているのだろうか。
「ここはおれのなか。おれのなかのことは、おれによくわかる。
 おれは死にたくない。まだいきたい。罪なんてしるものか」
 とっくの昔に壊れてしまっていると思っていた。
 何も感じない人形になっていて、腹を食い破るのも容易いと考えていただけに悔しい。
 狐にとって、ナルトは殺してやるだけでは足りないほど憎い存在だ。
 意識のあるまま腹の中から食い破り、そのまま少しづつ食ってやりたい。残った骨を砕き、腐敗することのない箱につめ、海へ沈めてやりたい。
 ナルトのすべてを自然の理から外してやらねば気がすまない。
「そとをしらないから、かわるっていうなら、おれはそとへでる」
「無理だ。お前は出られぬ」
「でるよ」
 感情のない目ではあったが、ナルトはハッキリと言う。
「どんな手段を使ってでも、ワシはお前を殺す」
「じゃあ、おれも、しゅだんをつかって、いきるよ」



 その日の夜、一人の忍が里の端にある家の地下で殺された。
「あ、おれとはだのいろも、めのいろも、かみのいろも、おおきさも、ぜんぶちがう」



END