闇夜の幽霊  月の明かりだけが闇の世界を照らす。
 闇を恐れる人間はこの世界を歩くことができない。
「一寸先は闇、か」
 足元がかすかに見える。そこは赤く彩られていた。
 静かな風に血の香りが乗る前に全てを焼き尽くす。焦げた匂いが乗ってしまったかもしれないが、こんな闇の中のことを誰も気に止めない。
 瞳が役に立たなくなってしまっていても、他の機関が補ってくれるので問題はない。
「怖くないのか?」
 隣に現れた紅焔が声をかける。
「何でさ」
 首を傾げる。
 彼にとって闇は恐ろしいものではない。血は恐怖するものではない。仲間という言葉よりも、よっぽど近い場所にあるものだった。
「こんな闇の世界では幽鬼が出てもおかしくないだろ?」
 子供をからかうような口調で言う。
「幽霊?」
 ナルトが小さく笑った。
 空を見上げ、三日月を瞳に映しながら口を開く。
「怖くないよ。お前がいるし、責められたって何も思わないから」
 手を赤く染めてきたことをナルトは後悔していない。
 例え先ほど手にかけた男達が幽霊となって現れたところで、恐ろしくもなんともない。
「そうかい? それは嬉しいね」
 闇の中から第三者の声が聞こえてきた。
「誰だ?」
 刀を手にとり、気配を探ろうとするが、不思議と声の主を見つけることはできない。
「始めまして、ナルト君」
 真後ろから声がした。
 冷気を背中に感じ、振り向くがやはり誰かがいる気配はない。
「怖がらないでくださいよ」
 目の前から聞こえている声の主を見つけることができない。ナルトは得体のしれない不安感に襲われた。
 それが恐怖というものだということは、とうの昔に忘れていた。
「ナルト。幽鬼だ」
「……え?」
 紅焔に言われ、目を凝らしてみるとぼんやりと男の姿を認識することができた。
 男の体は半透明で、後ろの景色が透けて見える。
「何だ、幽霊か」
 構えていた刀を降ろし、一息つく。汗で背中が気持ち悪い。
「変な子だね。普通、幽霊って言われれば怖がるのに」
「そうか? 幽霊なんて曖昧な存在に殺されるわけねぇじゃん」
 ナルトにとって大切なのは生きるか死ぬか。それだけだ。
「まあ、そう言われたら否定できないんだけどね」
 幽霊の男は苦笑いをする。
「で? あんたはオレに何か用なのか?
 残念ながらオレはあんたの顔に見覚えはないんだが」
 冷たい視線を受け、男は頭を掻きながら視線を彷徨わせる。
「いや……用ってほどのもんじゃないんだけどな」
 横目で紅焔の姿を映した男は、戸惑いながらも言葉を紡いだ。
「オレ、九尾に殺された忍の一人なんだ」
 紅焔の瞳は冷たく、何の感情も見せない。
「恨み言か? 言いたいなら言えよ」
 両手を広げ、全てを受け入れると態度で示す。
「勘違いしないでくれ」
 怒気をはらんだ声に、ナルトは目を丸くする。
「別に恨んじゃいない。死んだのは嫌だけど、オレは忍だ。死ぬ覚悟くらいあったさ」
「……それは悪かった」
 男の忍としての誇りを傷つけてしまったことに対して、ナルトは素直に謝罪をする。
「いいよ。君がどんな仕打ちを受けてきたのかは知ってるしね」
 半透明の瞳はとても穏やかな色でナルトを見る。
「何の支えにもならないかもしれないけど」
 人の温かさも感触もなかったが、ナルトは男に抱き締められた。
 棒立ちしているのと変わらない感覚なのに、強く抱き締められていることは理解できる。
「敵ばかりじゃないからね」
 男がナルトを解放する。
「当たり前だろ。このオレがいるんだ」
 黙っていた紅焔が男とナルトの間に立ちふさがる。
「……ああ、そうだね」
 心底楽しそうな笑みを浮かべた男は闇と同化していく。
「もうそろそろ消えるよ」
 呆然と口を開けて立っているナルトにウインクを一つ送る。
「また九尾様に殺されちゃかなわないしね」
「貴様……」
「じゃあね」
 声を残して、男は闇へと消えた。
 二人の視覚では捉えることができないだけで、今もまだ近くを彷徨っているのかもしれない。
「オレってさ」
 ナルトが言葉をもらす。
「紅焔以外にも味方がいたんだな」
 そのときの表情は笑顔だった。
 おそらく何の意識もしていない、自然な笑みだろう。
「よかったな」
 恐ろしい闇の中、三つの笑みがあった。


END