暗い地下室に、一人の人間と一匹の妖怪がいた。
妖怪は人間にこの暗い地下室に連れてこられていた。
「なあ……。オレは人間なんだ」
うしおが光りを宿さぬ瞳にとらを写す。
「ああ」
いつもと様子が違ううしおを見ても、とらは冷静に返した。焦る必要はない。うしおはうしおなのだから。
「だからさ、欲しいものはどんなことをしても手に入れたい」
うしおの手に握られているのは獣の槍ではなく、どこの家にでもあるような包丁。光りの入らぬ地下室の中で、その包丁だけが不気味に光りを映していた。
とらにはうしおが何をしようとしているのか、手に取るようにわかった。
「やれよ」
その一言でとらはうしおの理性を飛ばした。
そもそも理性など残っていなかったのかもしれない。ただ本能のままにとらを地下室に連れこんだ。
「とらっ……。とら、とらっ!!」
うしおは手に握っていた包丁を何度も振り下ろす。その先には金色の毛がある。
包丁が振り下ろされるたびに金色が赤く染まる。それでもうしおは包丁を持つ手を止めない。とらもうめき声一つあげずにうしおを見る。ただの包丁が相手ならば、とらは死なない。
「す、きだっ……。好き、なんだ……」
己の思いを伝え、包丁を振り下ろす。
「わかってる」
赤い血を流しながら、とらはただうしおの気持ちを受け取るだけ。
月が消え去った新月の夜に繰りかえされる二人の儀式。
とらが封じられていた地下室で、うしおはとらを傷つける。いっそ殺してしまおうとする。それでも、本当にとらが死んでしまえば狂ってしまうとわかっているのか、うしおは獣の槍を使わない。
あくまでも傷つけ、血を流させることが目的なのだといわんばかりに、普通の刃物を使う。それは、ハサミであったり、カッターであったり、その時によって違う。
始めこそとらは戸惑った。
うしおの裏の顔は純粋に壊れていた。好きなもの。欲しいものを傷つけ、自分だけを見るようにしかできないうしお。それは次第に愛しい顔になった。
狂ったように自分を欲する者が愛しくないわけがない。
傷つけることでしかとらを縛ることができないうしおをとらは受け止める。それが何よりもの悦楽なのだ。
「とらぁぁっ!」
涙を流しながら己の名を呼ぶうしおを見て、とらは笑みを浮かべる。
狂った儀式は朝が来るまで続く――。
END