うしおには悩んでいることがあった。
 白面の者とか、学校の成績とか、悩むことはいくらでもあったが、その中でも郡を抜いて悩んでいることがあった。
「……何なんだ、コレ」
 うしおは自分の胸を抑えて、布団に転がる。
 近頃、とあることを考えると胸が高鳴るのだ。
「とらぁ……」
 小さく、その者の名を呟いてみる。胸はさらに大きく高鳴った。
 この胸の高鳴りが何なのか、うしおはわからなかった。しかし、このことをとらに知られてはいけないと思った。この状態を知られてしまえば、もう共に戦えなくなるような気さえしていた。
 自分の胸に、落ち着けと言ってみるが、そんなことで落ち着いてくれるわけもない。
 目を閉じると、目蓋の裏に浮かぶ。うしおなど軽く持ちあげてしまう腕や、太陽の光を反射してキラキラと輝く髪。そして不敵な笑み。思い出せば、胸はさらに高鳴る。
「なーに芋虫みてぇになってんだよ」
 急に、布団が剥ぎ取られた。
「なっ?!」
 目蓋の裏に浮かべていた存在を目の前にし、痛いほど胸は高鳴る。
「あ? 熱でもあんのか?」
 顔を真っ赤にしたうしおを見て、風邪でもひいたのかと勘違いしたとらは、顔をうしおに近づける。その何気ない行動に、うしおはさらに顔を赤くする。
 あまりにもベタな展開だが、そのことを言う者はここにはいない。
 ようするに、うしおはとらが好きなのだ。
 だが、元々恋愛に疎いうしおはそのことに気づかない。とらもうしおほどではないが、自分が好意を寄せられると鈍くなる性質だ。
「な、ななな何でもねーよ!!」
 手元にあった枕をとらに投げつける。まったく予想もしていなかった行動に、とらは枕を顔面に受けるハメとなった。
「っテメェ……。わしが心配してやったってのによぉ」
 『心配』という言葉に、うしおはせっかく収まりかけていた胸の高鳴りが、再び激しくなるのを感じた。
 あのとらが、傍若無人で、自分のことしか考えていないようなとらが、自分のことを心配してくれているのだと思うと、嬉しくてたまらない。
 そんな感情が表情に出ていたのか、とらは訝しげな顔をする。
「おめぇ……。変なもんでも喰ったのか?」
「うるせー」
 自分でも、顔がにやけているという自覚があったので、うしおはとらに背を向ける。とらの行動に一喜一憂する自分がおかしかった。そして、一つ思い出す。
「こい……」
 思わず呟く。
 いつだったか、麻子や真由子が言っていた。
 好きな相手のことはいつだって気になる。相手の行動に一喜一憂し、相手のことを思っては顔を赤く染める。
「恋、なんだ」
 とらに聞こえないように、自分に言う。
 誰に言われなくても、うしおは気づいてしまった。いや、本当は気づいていたのだろう。だからこそ、この気持ちを封印してしまおうと思っていた。
 ずっと一緒にいたいから。戦っていたいから。
 ハッキリした自分の気持ちではあったが、この気持ちをどうすればいいのかうしおにはわからなかった。結局のところ、黙っているしかない感情で、それを上手くコントロールすることができないのには変わりない。
 ため息を一つ。同時に嬉しい発見一つ。
 うしおに背を向けられたとらがかすかに笑っていた。短い付き合いではあるが、背中ごしの気配くらいはわかる。
「何笑ってんだよ」
 振り向いてみると、そこにはやはり笑うとらの姿。
「いや、何……」
 一度ためてからとらは口を開く。
「草津の湯でも治せぬ病かと思ってな」
 とらの言っている言葉の意味がうしおにはわからなかった。
 首を傾げるうしおに、とらは気にするなと言い、外へその身を移す。
「まあ、ゆっくりしとけや」
 空へと消えて行くとらの後ろ姿を見送りながら、うしおは小さく好きと呟いた。


END