うしおととらの二人が、ただの相棒という関係でないことは多くの妖怪が知っていた。それでも、うしおはその性格から多くの妖怪から人気があり、とらはその強さと容姿から女の妖怪に人気があった。
 隙あらばいつでも奪って見せるという雰囲気が彼らにはあった。
 二人のことを心の底から祝福している者達にとって、二人の間を裂こうとする者は敵以外の何者でもない。実際、二人が知らないところで何度も戦いが繰り広げられていた。
 だが、それがいらぬ世話だったと気づいたのは、二人が生活する蒼月家へ遊びに行ったときのことだった。
「いらっしゃい」
 太陽という表現もあながち間違いではないほどの、輝かしい笑顔でうしおはイズナを迎え入れた。
「突然きて悪かったな」
 実は、うしおやとらを狙うやからが、今夜にでも二人の間を裂きにくるらしいという情報をしいれ、やってきたのだが、当然うしおはそんなことを知らない。
 紫暮や須磨子は仕事でいないらしく、とらと二人っきりだったらしい。突然の客に、うしおは嬉しそうな表情を見せたが、とらは明らかに不機嫌な表情を見せる。
「とっとと帰れ」
「やーだねっ」
 適当な軽口を叩き合い、居間へ移動する。うしおも、二匹の口喧嘩は挨拶のようなものだという認識があるので、特に何か言うこともなく、微笑ましげに二匹の様子を眺める。
「イズナも飯食べるか?」
「マジで? 貰う貰う!」
 うしおの手作り料理が食べられたのならば、いい自慢話になる。とらの恐ろしい目など気にもならない。
「で、何しに来たんだよ」
 イズナがきたことに何の疑問も抱かないうしおと違い、とらは何かあるのだろうと考えた。
 だが、さすがにお前らの仲を保つために……。などとは口が裂けても言えないため、イズナは何でもないというしかない。
 何とも言えない沈黙だけが残ってしまい、嘘でもいいから適当な要件でも並べておけば良かったとイズナは心の底から思った。
「とらー? これ運んでくれ」
 台所の方から聞こえてきたうしおの声は、イズナにとって救いの手にも見えたが、次の瞬間、イズナは信じられないものを目撃する。
「おう」
 二つ返事でうしおのもとへ行ってしまったとらの背を、イズナは信じられない者を見るような目で見つめる。イズナの知っているとらは、料理を運ぶような妖怪ではない。
 文句を言い、うしおが呆れながら料理を運んでくると思いこんでいたイズナにとって、とらの行動は本当に意外だった。
 うしおと出会い、丸くなったと思っていたが、丸くなりすぎだろうとも感じた。
「ほれ。おめぇの分だ」
 そして、まさかイズナの分を運んできた。
 もはやイズナは頭の思考回路が完璧に止まっている。
「とらも席につけよ」
 自分の分を運んできたうしおは、とらの横に座る。何の違和感もないその行動に、いつもの風景なのだろうと予想は簡単につく。ただ、一つだけ問題があった。
 近い。二人の距離はあまりにも近い。密着していると言っても過言ではないほどに近かった。
 イズナは何とかツッコミの言葉を飲み込んだ。ここで何を言っても、ダメージしか返ってこないような気がした。
「母ちゃんがいたら、もっと美味いもん出せたんだけど……」
 あまり料理が上手くないと自覚しているうしおは、申し訳なさそうに言う。
「いいって。十分だぜ」
 イズナにとって問題なのは料理の味ではない。目の前にいる二人が言葉を交わすことなく、相手の欲している物を理解し、それを手渡しているということが問題なのだ。
 熟年夫婦などというレベルは遠の昔に越えてしまったのかもしれない。
 その辺りのことをあえて黙っていると、その行動はエスカレートしていき、とうとう自分の箸で相手に飯を食べさせるようになった。
 もしかすると、わざと見せつけられているのだろうかとも考えたが、とらはともかく、うしおはそんなことができる人間ではない。二人は天然であれをやってのけているのだ。
 甘い空間に、イズナは砂でも吐き出しそうな勢いだったが、ぐっと耐えて箸を進める。
「あ、オレら先に風呂入ってくるから、適当にくつろいでてくれよ?」
「わかったー」
 うしおが立ち上がり、風呂場へ向かう。
 イズナは先ほどの言葉の違和感に気づき、辺りを見回す。とらがいない。
「……『オレら』?」
 複数形だった。風呂とは本来一人で入るものではなかっただろうか。一緒に入っているのだろうか。妖怪に風呂というものはそう必要なものだっただろうか。
 多くのことが頭をかけ巡ったが、イズナは考えることを放棄した。
 これ以上頭を使っていると、間違いなく頭が糖分に侵される。
「オイラ、なんできたんだろ?」
 二人の中を引き裂くなんて、到底不可能だ。何と言っても、二人の世界に割り込むということ自体が不可能なのだから。


END