うしおととらが、いつものように散歩をしていると、近くの小学校から聞きなれた曲が聞こえてきた。
「君が代は〜」
 それは日本の国歌と呼ばれる歌だった。小学校はちょうど卒業式をしている最中らしい。
「あー。懐かしいなぁ」
 うしおはつい最近まで中学生をしていたので、国歌自体は卒業式に聞いていたのだが、周りがあまり歌わないということもあって、最後に歌ったのはずいぶん前の話になる。
 高音なので、男のうしおからしてみれば歌いにくい曲ではあるが、その曲調は非常に繊細で、心地よいものであった。
「君が代は
 千代に八千代に……」
 小さくうしおが歌うと、肩に乗っていたとらが急に笑い出した。
「な、なんだよ?」
 それほどまで音痴だっただろうかと、うしおが不安げに見上げると、とらは笑いながら答えた。
「おめぇ。その歌の意味、わかってんのか?」
 そう言われ、うしおは言葉を返すことができなかった。
 よく知っている曲ではあったが、その意味など考えたこともなかった。
「そりゃあ、恋文だ」
 恋文という言葉が、うしおの頭の中でラブレターと変換されるのには少々時間がかかった。
「え……。ええええ?!」
 うしおは目を丸くして驚いた。
 国歌がラブレターだとは誰も考えないだろう。
「我君は(あなたが)
千代に八千代に(いついつまでも続きますように)
細れ石の巌となりて(細かい石が固まって岩石となり)
苔のむすまで(それに苔がむすまで) 」
 とらは歌うのではなく、短歌を詠った。
 いつものとらからは想像できないほど、その歌声は美しく、魅力的だった。
「まあ、つまり『私の愛する人の命がいついつまでも長いように』ってことだ」
 そう言われ、うしおはようやく現実に帰ってこられた。
 月の綺麗な夜など、ときどきとらはこの世のものとは思えないほど妖艶だったりするが、さきほどのとらはまた違った美しさがあった。例えるならば、儚くも美しい花のような美しさが先ほどのとらにはあった。
 言霊か。うしおは直感的にそう思った。
 人を愛した歌を詠ったから、とらが甘美な魅力に包まれていたのだ。
「とら。命がいつ、いつまでも――」
 そう言ったうしおの瞳は悲しげで、寂しそうだった。だから、とらは少し強めにうしおを抱き寄せた。それ以上の言葉は言わせぬように。
「わしよりもおめぇだろ」
「うん」
 妖怪の命は長い。永遠と言っても過言ではない。けれど、人間の命は短い。一瞬というのが正しいほど。
 時が二人を分かつ日が近いとしても、今はこうして抱き締めあっていられればいい。温もりを共有できていればいい。


END